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賭博師メリッサ  作者: 木山碧人
第七章 マカオ
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第92話 バトルフラッグ㊷

挿絵(By みてみん)




 迫るのは、紫光。荷電粒子の収束体。


 亜光速で迫るそれは、眼前に見えている。


 並みの人間なら、回避も防御も反撃も不可能。


 ――気付いた頃には当たっている。


 成す術はなく、撃たれた時点で終わり。


 各方向に散って、被害を抑えるのが正攻法。


 一人を切り捨て、二人を生き残らせるのが安牌。


 短い打ち合わせの中、真っ先に話題に上がったもの。


 ――ただ、それは『武士道』に反する。


 独りよがりであってはならない。


 帝国における武士が持つ、行動規範。


 倫理や道徳に重きを置く、精神的な教え。


 武力を持つ人間の所作、振る舞いを問うもの。


 肉体的な鍛錬に重きを置いた『武道』とは異なる。


 その思想が根付いたのは、ある武器が原因と言われる。


 ――それは、刀。


 武士は必ず刀を持ち、平民とは力の差があった。


 素手の人間を、訓練を受けた武士が殺すのは簡単だ。


 だからこそ、刀の扱いには、重大な責任が問われていた。


 生涯において、刀を一度も抜かずに死んでいった武士もいる。


 多大な力を持つが故の責任論。生半可な扱いは『武士道』を穢す。


 ――今、その是非が問われている。


「…………」


 量子刀を握るのは、強化外骨格パワードスーツを纏うベクター。


 上段に構えて、振り下ろす瞬間を心待ちにしている。


 亜光速で迫り来る荷電した粒子に、真っ向から挑む姿勢。


 ――常識的にはあり得ない。


 刀を振り下ろす速度には、限界があった。


 いかな達人でも、亜光速の領域には至れない。


 仮に間に合っても、荷電粒子は分断できない性質。


 時間的な問題。人体的な問題。物理的な問題が山積み。


 普通なら、やる前から諦める。そもそも、挑戦すらしない。


 ――だからこそ、試す価値がある。


 刀に重くのしかかるのは、自身を含めた三人の命。


 失敗すれば、全員死ぬ。とっくに自分だけの問題じゃない。


「この一刀に、俺の『武士道』を賭ける……っ!!!!」


 ベクターが行ったのは、言葉を発するという暴挙。


 時間的に考えれば、言い終わる頃には荷電粒子に接触。


 刀を振り下ろす暇もなく、命が取り立てられるはずだった。


 ――しかし、迫る光は徐々に遅くなる。


 結果だけ見れば、時間的な問題を解決していた。


 それは、生死の狭間に身を置いた場合に起こる現象。


 死の瀬戸際に、走馬灯が流れていくのと同じような理屈。


 ――超感覚。


 時間を圧縮し、超人的な動きを可能とする。


 残すところは、人体的な問題と、物理的な問題。


 超感覚に肉体が伴うか、刀で荷電粒子を斬れるのか。 


 問題は同時に存在するようで違う。一つが重なっただけ。


「…………っっ!!!」


 ベクターが直面するのは、人体的な問題。


 強化外骨格をもってしても、想定しない挙動。


 ピシリと全身の血管が血走って、激痛を伴わせる。


 それは、時間の反作用。人の限界を超えたデメリット。


 超感覚は、身体と心臓に多大なる負担をかけるものだった。


 圧縮しようとする時間が、短ければ短いほど、負担は増大する。


(姉なら……ミネルバ・フォン・アーサーなら、諦めはしなかった……!!)


 意識が朦朧とする中、ベクターが思い浮かべるのは長女。


 騎士道を重んじ、不利な戦場でも、決して背を向けなかった。


 死の間際まで生き様を示し続け、今や遠く及ばない存在になった。


 存命中に、どのような功績や、善行を積もうと勝てない偉人になった。


 ――ただ、彼女の意思を受け継ぐことはできる。


「…………………………ッッッッッ!!!!!!!!!」


 赤く染まる視界中、ベクターは声にならない叫びを込めた。


 もう言葉は必要としない。行動。生き様。心意気で示すのみ。


 痛みか気合いか、自分でも判別がつかないまま身体は動き出す。


 それは、人体的な問題の解決を意味する。残す問題はたった一つ。


 ――荷電粒子を斬れるか、否か。


 粒子とは、物質を構成するための単位の一つ。


 質量を持ち、位置と速度が特定できる点状の物体。


 一つ一つが非常に小さく、刀で芯を捉えるのは不可能。


 構造上、斬れ込みが入ったとしても、真っ二つにならない。


 魚群に刀を振るうような感覚。効果があるのは、接触部分だけ。


 群れ全体の流れまでは食い止められない。それが物理的問題だった。


 ――しかしそれは、普通の刀の場合に限る。


 粒子を含めた物質には、さらに最小単位が存在する。


 連続的なエネルギーや運動量ではなく、非連続的なもの。


 複雑な物理現象を、一つ一つに分解して、観測を可能にした。


 ――その名は、量子。


 奇しくも、ベクターが持っている刀についた名と同じ。


 粒子の状態や結合に、直接干渉できる性質を秘めていた。


「…………ああっぁぁあああぁぁぁああああああああッッッ!!!!!!!」


 両腕が引きちぎられるような感覚があった。


 全身の血液が一瞬で沸騰したような気さえする。


 それでも、刀を振るう手は止めない。止められない。


 諦めれば、終わり。理想の存在から背を向けるのと同じ。


 自分のためであり、誰かのためであり、姉を思うがゆえに。


「――――――――――――――――――っ!!!!!!!!!!」


 ベクターは、誰にもできなかった偉業を成し遂げる。


 荷電粒子を斬る。彼の『武士道』は不可能を可能にした。

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