第90話 バトルフラッグ㊵
樹々の合間を駆け抜けるのは、二人の女性。
向かうべき場所は、ジェノ・アンダーソンの元。
互いの目的は共通して、足並みは見事に揃っている。
――ただ、二人の間には会話がなかった。
心地いい沈黙か、気まずい沈黙か。
話すことがないだけか、話したくないか。
主観によって異なり、胸の内によって左右する。
(もし、アザミがジェノさんと……)
メリッサは後者。悪いイメージが先行する。
問題の根っこは明らかで、深く考えるまでもない。
――嫉妬。
自分が欲するものを奪われるのが嫌だから。
口にはできず、彼女と意見を共有することはない。
言えば、終わる。関係に亀裂が走る。目的に支障が出る。
――第一優先はジェノを主人格に戻すこと。
女々しい感情のせいで、失敗するのだけは避けたい。
ここで言い争ったところで、なんのメリットもなかった。
「……あ、あの。メリッサさんは、どこまで、本気、なんですか?」
そう踏ん切りをつけた時、アザミは尋ねる。
純粋な疑問。女同士特有の腹の探り合いじゃない。
悪気がないのは、彼女の性格から考えれば明らかだった。
「本気の度合いをどうやって定量化するんすか。出来るなら教えて欲しいっすね」
ただ、あまりにタイミングが悪すぎる。
まだ自分の感情に折り合いがついてない。
素直に応じられるほど、大人じゃなかった。
「……そ、それは」
意地悪な質問を前に、アザミは言い淀む。
今はこれでいい。余計なノイズは行為に不要。
最終的に、どちらかが白き神を誘惑できればいい。
「………………こ、子供、何人産めますか?」
しかし、会話は終わらなかった。
話題に本気で向き合い、回答してきた。
確かにそれなら、思いの強さを定量化できる。
――数が多い方が勝ち。
適当に数を盛ることは許されない。
本心を偽るのは、相手にも自分にも失礼。
的を得た答えが返ってきた以上、無視できない。
「先に答えるのは、フェアじゃないっすね」
「……せ、せーので、言い合いっこしましょう」
話はまとまり、前向きな方向へと向いていく。
答えが出れば、感情にも整理がつくかもしれない。
「「せーの」」
息を合わせ、タイミングは完璧に揃う。
読み合いも、イカサマもない賭場は整った。
勝てば正妻、負ければ側室に格付けされる勝負。
本人の気持ちはさておき、思いの丈は定量化される。
「「……九人 (っす)」」
外しようがないタイミングで声は揃った。
そこには、優劣も勝ち負けも存在していない。
――同格。
彼を思う気持ちは全く同じ。
今ここに、定量化されてしまった。
嬉しくも、悲しくもない不思議な気持ち。
「……アザミになら、オールインしてもいいかもっすね」
清々しい気持ちで、メリッサは結果を受け入れる。
そこに嫉妬なんてものはなく、あるのは純然たる気持ち。
不純物は一切なく、胸の内を満たしているのは、100%の信頼。
「……え?」
アザミは異様な空気を感じ取り、表情が曇っていた。
全てを説明する時間はない。手短くまとめる必要がある。
やり切れない気持ちもあれど、思いの丈が同じなら仕方ない。
「――ジェノさんのことは任せたっすよ」
語ると同時に、天上から降り注ぐのは紫色の光だった。
人生最後の瞬間に、メリッサは一世一代の大博打をしかける。
避けきれない紫光が全身を焼き尽くす中、確かに意思は伝えられた。
メリッサ=♥♥
アザミ=♡♥
バトルフラッグのルール上、メリッサの死が確定する。
いかな異能を持とうとも、抗うことができない強制的な死。
――しかし、賽は投げられた。
この一世一代の大博打は、死してなお、有効。
対象者が死なない限り、この勝負は受け継がれる。
「め、メリッサさん!!!!」
アザミの決死の叫びは、誰にも届かない。
光が消えた場所には、バニースーツだけが残っていた。