第89話 バトルフラッグ㊴
進行者内、胸部コックピット。
中央モニターには、三人の挑戦者。
右モニターには、白き神対人間の戦い。
左モニターには、森を駆ける二人の女の姿。
正面は頭部カメラ。左右はドローンが補佐する。
「おいおい、どれも目が離せねぇな」
操縦席に座っているアサドは、おおよそ把握していた。
三方向からの会話を盗み聞き、一通りの流れを追っている。
「ま……本命はこっちに決まってるが」
おもむろに目を向けるのは、左のモニター。
アップになっていくのは、紫髪のバニーガール。
意思の力に依存しない異能を、複数持っている存在。
ダメージを受け続ける限り、半永久的に動き続ける兵器。
巷では特異体と呼ばれているが、その枠組みには収まらない。
「単独軍団。あいつさえ狩れれば、何でもいい」
目星をつけていた上玉を前に、本音が漏れる。
冥戯黙示録を開いた目的は、各陣営の戦力の増強。
頭数が欲しいか、腕が立つやつか、頭が切れるやつか。
担当する悪魔により、千差万別。取り入れたい輩は異なる。
――いわば、悪魔流の採用試験だ。
御眼鏡に適う人材がいれば、贔屓する。
美人か否かで、採用倍率が変わるのと同じ。
人間でも悪魔でも、根っこの部分は変わらない。
――採用者の欲望が他人の運命を左右する。
そこに、公平や平等なんてもんはない。
だからこそ、危険を承知で前線に出てきた。
あいつを支配するためだけのルールを用意した。
「絶対に俺の手駒にしてやるぞ……女ぁ!!!」
アサドは己の欲望を全開にして、操縦桿を強く握る。
その感情は七つの大罪に数えられ、強欲と呼ばれていた。
◇◇◇
進行者は背中を向けると、高く跳躍する。
寸断されている道路からは、姿を消していた。
「眼中にない、だと……」
強化外骨格を纏うベクターは、一部始終を見ていた。
土下座までして他人を頼り、共闘する手筈を整えた直後。
神経を逆撫でするような光景を前に、開いた口が塞がらない。
「立ち往生していたのは、『獲物を選んでいた』というわけか」
一鉄は、表情を変えることなく冷静に語る。
状況から考えて、間違いない。ただ、気になるのは。
「……なんだか、人間みたいだね。中身はAIのはずなのに」
生じた違和感を、ヘケトが言語化する。
進行者の弱点も、詳細もすでに聞いている。
図面通りなら、人が乗れる仕様じゃないらしい。
しかし、ここは独創世界。いくらでも隠蔽は可能だ。
現実世界とは違い、舞台を都合よく変更できる者がいる。
「いいや、こいつの中身は恐らく……」
ベクターは、答えを口にしようとした瞬間。
『ワォォォオオオオオン!!!』
天空から聞こえてきたのは、狼の遠吠え。
大きく口が開かれ、丸く収束するのは紫色の光。
狙いは見当違いの方向。放置しても生死に直結しない。
ただ、武装の詳細を知っている。二人からすでに聞いている。
それは、現実世界では未だ日の目を浴びない、空想上の近未来兵器。
「荷電粒子砲……っ!!!」
口にした瞬間、光は臨界点を迎え、地上へと照射。
眩い紫光が夜闇を切り裂き、針葉樹の森を焼き払った。