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賭博師メリッサ  作者: 木山碧人
第七章 マカオ
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第88話 バトルフラッグ㊳

挿絵(By みてみん)




 戦地から遠く離れた、針葉樹の森。


 樹々を避け、地面を蹴りつける音は二つ。


 迷うことなく、一直線に目的地へと向かう道中。


 メリッサは隣で並走している同行者を、ふと見つめた。


 赤眼鏡、灰のハンチング帽、黒の革ジャン、紺のジーンズ。


 腰には刀を差している、長い黒髪の女性。変装している元仲間。


「「……」」


 適性試験でアザミと別れて、数か月。


 経過した時の流れが、沈黙を生んでいる。


 昔の彼女とは、特別親しかったわけじゃない。


 友達の友達。その表現が一番しっくりくる関係性。


 ただ、積もり積もった話が出来ない間柄でもなかった。


 ――なぜ、冥戯黙示録に参加したのか。


 ――今まで、どこで何をしていたのか。


 ――誰からの命令で、動いているのか。


 ぱっと思いついたのは、再開するまでの過程。


 世間話に花を咲かせたいなら、外せない話題だった。


 互いに語り合って、傷を舐め合うのが日常会話というもの。


「ちょいと気になったんすけど、どうして、変装してるんすか?」


 ただ、気になるのは過程じゃなく、結果。


 今、目の前にある違和感がどうしても気になった。


「………に、任務のためです。ふ、深くは言えません」


 しばしの沈黙の末、アザミは語り出す。


 彼女は、組織『ブラックスワン』の代理者エージェント


 諜報活動を主要とする役職で、いわゆるスパイ。


 元仲間とは言っても、こっちは組織を抜けた無法者アウトロー


 諸々の事情を踏まえれば、彼女の反応は真っ当と言えた。


「あぁ、色々と察したっす。これ以上、詮索はしないっすよ」


 振った話題は、早々に終了。


「…………」


 ほっとした様子で、アザミは口を閉ざす。


 そこで再び訪れるのは、物静かな時間だった。


 特に気まずくはなく、口下手の彼女なら平常運転。


 沈黙を気にするよりも、他に考えるべきことがあった。


(疑問点は、任務で大体片付くっすね。問題は……)


 頭の中で巡らせるのは、次に振るべき話題。


 今のうちに、聞いておかなければならないこと。 


「それより……ジェノさんのこと、どう思ってるんすか?」


 切り出すのは、避けては通れない話題。


 単なる恋バナじゃなく、好意の有無の確認。


 回答次第では、行動に直接影響するものだった。

 

「ど、どどど、どうって……?」


 対するアザミは、顔を真っ赤にして返答する。


 分かりやすい反応。根掘り葉掘り聞くまでもない。


「あぁ、色々と察したっす。好意がある前提で話を進めるっすね?」


 胸がチクリと痛みつつも、平静を装った。


 きっかけや、馴れ初めなんてのは聞きたくない。


 時間の無駄だし、聞いたところで何の意味もなかった。


「………………は、はい」


 こくりと頷き、アザミは好意を肯定した。


 経緯はどうあれ、これなら気兼ねなく話せる。


「じゃあ、彼の為なら、ひと肌脱げるっすか?」


 真剣な声音で告げるのは、本題。


 今後、起こり得る可能性についての議論。


 大まかな状況説明は終わってるから、伝わるはず。


「……え。で、できますよ、もちろん」


 するとアザミは、当然と言わんばかりの反応を見せた。

 

 絶対に分かってない。慣用句として意味を受け取っている。


 純粋無垢だからこその勘違い。正直、一番苦手なタイプだった。


(あぁ……あんまこういうことは直接言いたくないんすけどね……)


 一人の女性として、モラルも恥じらいも一応ある。


 だから、遠回しに言ったし、明言するのを極力避けた。


 本音を言えば、下にまつわる話は言うのも聞くのもきつい。


 ただ、勘違いさせたまま先には進めず、説明する義務があった。


「いや、文字通りの意味っす。白き神を堕天させるために、ジェノさんの身体を逆レイプできるかって聞いてるんすよ。……先に言っとくっすけど、無理強いはしてないっすからね。やれないなら、うちがどうにかするだけっす」


 メリッサは覚悟を決めて、分かりやすく目的を語る。


 これ以上も以下もない。ここまで言って伝わらないわけがない。


「…………あっ」


 ワンテンポ遅れ、アザミは思った通りの反応を示す。


 犯罪レベルの下世話な話を前に、思考は硬直していた。


 頬を赤らめて済むような次元じゃない。こっちが加害者。

 

 無垢な彼女には酷な話。こうなるから、言いたくなかった。


(この感じだと、無理そうっすね……)


 戦力は一人でも多い方がいいのは確か。


 白き神を誘惑するには、女手は絶対に必要。


 ただ、どこかスッキリしたような気分になった。


 胸のつかえがとれたような感じ。理由は分からない。


 一人でやることが、状況的に確定したからかもしれない。


「ま、そうなるっすよね。本番はうちに任せて、フォローは――」


 前向きに議論は進行し、メリッサは詳細を詰める。


 その時、横目で見えたのは、覚悟が決めたような表情。


 嫌な予感がした。胸がムカムカして、胃が締め付けられる。


 初めて経験する感覚だった。だけど、それは知識で知っている。


「……や、やれます。ジェノさんのためなら、ひと肌脱いでも、いいです!」


 嫉妬。七つの大罪にも数えられる、罪深い感情だった。

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