第87話 バトルフラッグ㊲
般若無道流の本質は、暗殺拳。
骸人を殺すために研ぎ澄まされた流派。
同時に、意思の力を体系化した源流でもあった。
般若心経をベースとし、あらゆる苦難や難敵に対応する。
――その型は五つに分類される。
色。物質破壊に特化した型。
受。精神掌握に特化した型。
想。心象創造に特化した型。
行。意思形成を主とする型。
識。対象認識を主とする型。
識と行を基本の型。想、受、色を応用の型とした。
全てに精通する必要性はなく、自分に合う系統を極める。
後に肉体系、感覚系、芸術系と分類。基本修行は禅と呼ばれた。
――奇しくもこの場には、系統ごとの達人が揃う。
肉体系特化の広島。
感覚系特化の蓮麗。
芸術系特化のバグジー。
三人の視線の先には、少年がいる。
白き神を宿した、ジェノ・アンダーソン。
今や主人格を神に奪われ、表に出ることはない。
樹々の奥手に見える進行者は眼中になく、目的は同じ。
――ジェノを主人格に呼び戻すこと。
神格化の末期状態では、声が一切届かない。
そこで彼らが選んだ方法は、原始的なものだった。
「「――――――」」
地面を同時に蹴ったのは、広島とバグジー。
身体にはセンスを纏い、直線的な動きで攻めた。
万全の体勢で身構えている白き神へと吶喊していく。
――振るわれるのは拳と、二刀のククリ。
バトルフラッグのルール上、収集品以外の通常攻撃は無効。
どちらも収集品ではなく、ダメージが与えられる状態ではない。
ただ、意思の力が扱えるようになった今、ルールは崩壊しつつある。
「「――――っ!!!」」
衝突と同時に、零れ落ちたのは微量の血液だった。
両者共に口端から血を滲ませ、確かなダメージを受ける。
その身体は反対方向に飛んでいき、針葉樹をなぎ倒していった。
「色と想の敷居も随分下がりましたね……。やはり、無害」
一方、白き神は当然のように無傷だった。
遅れて飛来するククリを避け、残る敵を見ている。
「……」
蓮麗はごくりと息を呑み、静かに構えた。
系統は感覚系。体術面の補強は他系統に劣る。
肉体強化は肉体系。飛び道具は芸術系が専売特許。
その代表格の二人が破れた以上、同じ手は通用しない。
どちらかの手法を真似ようとしても、半端な出力で終わる。
肉体系の頂上に位置する白き神が相手では、極めて不利な状況。
頼れる仲間は離れ、鍛錬不足と言われた体で孤軍奮闘を強いられる。
「余の見立てでは、貴方は有害。相応の活躍を期待していますよ」
ただ白き神は、誰よりも彼女を評価していた。
主催である最上位級悪魔よりも、興味を示した存在。
「黙れ、喋る災害。マカオの地に足を踏み入れたことを後悔させてやるヨ」
蓮麗は挑発に応じ、神との一騎打ちが始まった。