第86話 バトルフラッグ㊱
化学工場に通じる、二車線の道路。
被爆の影響を受け、道路は寸断される。
その原因は、全長約13メートルの鋼鉄の塊。
進行者が、道半ばで巨大樹のようにそびえ立つ。
「万物は流転する。皮肉にも、骸人を踏襲したというわけか」
ヘケトを抱える一鉄は、一部始終を見ていた。
所属不明の鎧と、進行者との一騎打ち。空中衝突。
鎧が扱う妖刀が、鋼鉄の尻尾を斬り裂くも、再生した。
こちらはミサイルを回避したが、戦況は良いとは言えない。
――硬い装甲、高い再生能力、優れた運動性。
基本スペックが、あまりにも高すぎる。
骸人を巨大化させ、兵器を積んだようなもの。
再生能力に関しては、資料にも書かれない隠し性能。
無理難題を前に途方に暮れる中、キュインという音が鳴った。
「……チャージは完了。でも、当てて意味あるのかな」
抱えていたヘケトが持つ、電磁投射砲の駆動音。
当たりさえすれば倒せる、と意気込んだ近未来兵器。
進行者の隠し性能が明らかになった今、雲行きは怪しい。
苦労して命中させたとて、再生されれば、元の木阿弥となる。
「試す価値がないとは言い切れん。胸部電源ユニットは人間でいうところの心臓。破壊できれば、エネルギーの循環が止まり、再生能力を無効にして倒せるやもしれん。……だがこれは、希望的観測。そいつに再使用時間がある以上、闇雲に撃てんのが現実よ」
どうにか攻略法を探るも、状況はかなり厳しい。
前向きに発射を検討しつつも、問題点が引っかかる。
「失敗したら、一分待ち。次も時間を稼げるとは限らないもんね……」
ヘケトは要点をまとめ、後ろ向きな反応を見せる。
あの性能を前にして、さっきまでの勢いは消えていた。
――足らないのは、熱量。
背中を押せる馬鹿になれば、変わる。
理想を押し通せば、必ず元の勢いに戻る。
「総合的に判断して、ここは撤退する」
ただ、生憎ながら、現実に基づいたことしか話せない。
変に理想や希望を抱かせるのは、どうも性に合わなかった。
「うん、分かった……。それが一番堅実、なんだよね」
不服そうにしながらも、ヘケトは案を受け入れる。
心情や本音は手に取るように分かるが、これが精一杯。
進行者に自ら背を向け、不利な戦いから退く覚悟を決める。
抱えるヘケトを下ろして、脱出地点探しに意識を割こうとした。
「―――――」
そこに現れたのは、所属不明の白銀の鎧だった。
右手には白銀の刀を持ち、表情を伺うことはできない。
ただ、状況から考えれば、敵対意思があるようにしか見えない。
「「……」」
一鉄は刀を構え、ヘケトは投射砲の銃口を向ける。
一挙手一投足を見逃さないように、鎧を注視し続ける。
空気は張り詰め、場は緊張感に満ちていくと、動きがあった。
「……」
膝を折り曲げ、地面に着地させる。
刀を傍らに置き、その視線は下を向いた。
次に両手を体の前に置いて、指先を揃えていく。
それは、想像とは違うものであり、馴染みのある光景。
「頼む……。俺と夢を見てくれないか……」
行ったのは、土下座。帝国における最大級の敬礼。
その所作と言葉には、確かな誠意と、熱量がこもっていた。