第85話 バトルフラッグ㉟
「―――」
少年を襲い、殴られて、ぶっ飛ばされた。
凄まじい勢いで、針葉樹の樹々を通り過ぎていく。
白き神との戦い。四足歩行兵器との戦い。全てが遠ざかる。
戦線復帰するには、それなりの時間がかかる。致命的なタイムラグ。
騒がしい風切り音を聞きつつ、冷静に状況を考えると、思うところがあった。
(あぁ……。何もかも、どうでもよくなってきたっすね……)
メリッサが陥るのは、自暴自棄。
努力も苦労も報われなかった末の反応。
豊富な知識から、客観的な分析はできていた。
ただ、理解できるからといって、結果は変わらない。
――失敗した。
人間に生まれた時点で、避けては通れない事象。
普通の人間なら幼少期に失敗しまくって、耐性をつける。
結果、歩けるようになったり、自転車に乗れるようになったりする。
――ただそれらは、生まれた時点で出来ていた。
帝国の少年漫画は『友情、努力、勝利』が面白さの秘訣。
なんて言われるけど、その一部がどうしても気に入らなかった。
『努力』の必要性。苦労して成功する過程に、面白さを感じられない。
好みや価値観は人それぞれだけど、こう思ったのには、ちゃんと理由がある。
――異能があれば、大抵の問題を解決できたせい。
糸による、切断と行動の阻害。
影による、索敵と空間の封鎖。
思念通話による、知識の共有。
再生能力による、死への克服。
吸収による、エネルギー貯蔵。
これらを駆使して、今までどうにかなった。
先天的才能。努力せずに身につけた力で成功した。
失敗した時は、『本気を出してないだけ』と言い聞かせた。
――でも今回は、本気でやって駄目だった。
これまでの人生の中で、味わったことのない苦痛。
目に見えた傷はないのに、全身を切り刻まれた時に近い。
寒気がするし、倦怠感があるし、血をごっそり抜かれた感じ。
(もういっそこのまま、地平線の彼方に消えてもいいかもっすね……)
思考を重ねるごとに、心は後ろ向きになっていく。
怠惰。言い訳。現実逃避。自己正当化。悲観的思考。
色々な言葉が頭に浮かぶけど、本質はもっとシンプル。
「もう、失敗したくないんすよ……」
思いの果てに、メリッサは両目を閉じた。
その背後には、巨大な樹がそびえ立っている。
森全域を見渡せるほどの高さで、極太の幹を誇る。
このままいけば、ぶつかる。便利な影の異能で分かる。
どうせダメージはないし、ブレーキ代わりに使ってやろう。
「――――っ?」
そう思っていたら、身体がフワッとした。
風の衣に包まれたような、奇妙な感覚だった。
今まで得た知識を網羅しても、説明できないもの。
結果として殴り飛ばされた斥力が消え、着地していた。
どうにか予想を立てるなら、自然現象に近いようで遠い力。
(風の異能、っすか……?)
仮の答えを作り、メリッサは左右を見る。
そこには誰もおらず、影の探知にも引っかからない。
(だとしたら、一体どこから……)
諦めず、メリッサは気配を探り続ける。
影の異能の索敵範囲は、半径約十メートル。
それも、地に足をつけた人間しか索敵できない。
サーマルサイトの方が精度がいいとも言えてしまう。
ただ、現代兵器にはないものを、メリッサは持っていた。
――異能の成長。
影の索敵範囲内にある、条件の拡張。
失敗と挫折が、皮肉にも影の異能を進化させる。
(十メートル上空に敵影ありっす……っ!)
メリッサは真上を向き、目視で確認する。
そこにいたのは、刀を腰に差す、見知らぬ女性。
反射的に右手を上空に向け、迎撃態勢に入っていった。
「こ、こちら、千葉アザミ!! い、一時共闘といきませんか!!!」
そこで響いてきたのは、見知った声。
努力を否定した先にあったのは、友情だった。