第83話 バトルフラッグ㉝
白き神。宗教団体『白教』が信仰する唯一神。
行動原理は、世界に有害となる者を抹殺すること。
最大の実績は、千年前のシチリア島での異世界人抹殺。
以降、姿を消し、長い間、表舞台に現れることはなかった。
ただ、実績は語り継がれて、『白教』が勃興し、信徒は急増する。
長い時間をかけ、今や、世界人口の半分が信仰する宗教団体となった。
歴史の裏で暗躍し、目立った活躍はせず、各国で着々と地盤を固めていく。
――大きな動きを見せたのは、去年の12月25日だった。
その日は、白き神が最後に姿を現した日から、ちょうど千年。
そこで、『白教』が行ったのは、『千年祭』と呼ばれる式典だった。
表向きは世界各地の聖堂で、パンとぶどう酒を食し、生誕を祝うもの。
――しかし、裏向きの目的も存在していた。
千年祭のメイン会場となったのは、リバティアイランド。
そこに集められたのは、大量の罪人。世界各国の死刑囚だった。
約千名にも及び、千年祭の主催を務めた白教大司教は、凶行に及んだ。
――それは、死刑囚の大量虐殺。
倫理的にも道徳的にも、正しいとは言えない。
ただ、その過程があったからこそ、生まれた結果もある。
――白き神の復活だった。
会場にいた、ジェノとラウラの肉体に宿っていった。
完全な復活ではなく、不完全な復活。目には見えない神。
人間の肉体に身を潜め、神との精神の同調。神格化を進めた。
――今や白き神は完成しつつある。
ジェノの人格が表に出てこれないほど、神格化は進行。
ラウラの方も進行は進み、恐らく、似たような状態にある。
情報が正しければ、今のジェノとラウラが接触すれば完成する。
――白き神の完全復活。実体を備えた高次元存在。
依代の二人から手を離れ、白き神は自立する。
制御する術はなく、神の思うがまま有害を抹殺する。
別の未来では、それが起きていた。取返しのつかない惨事。
――有害になり得る人間の鏖殺。
罪を犯す前に、死刑が行われるようなもの。
被害者はざっと、数千万から数億人程度に及ぶ。
その最悪の結末を避けるため、未来から来た男がいた。
――ジェノ・マランツァーノ。
ジェノ・アンダーソンが大人になった姿。
ラウラを襲ったせいで、この手で殺してしまった人。
まるで接点がなかった彼とは、今となっては深い繋がりがある。
『殺した責任を取れ。死んだこいつの目的を、お前が代わりに叶えろ』
思い返されるのは、ラウラの言葉。
ジェノ・マランツァーノ殺害後の反応。
そこで、彼の記憶を覗いた。結末を知った。
他人事とはもう言えない。目的は同じになった。
――白き神の堕天。
具体的には、神が主人格の状態で、人間的欲望を引き出すこと。
そうすれば、悪魔に堕ちる。完全復活を阻止でき、支配権を得る。
そのためにも、二人の神格化を、秘密裏に進めておく必要があった。
相談はできない。依代の肉体を通じ、白き神に知られて、対策される。
ジェノ・マランツァーノの立場と同じように、孤独な闘いが強いられた。
――だけどそれも、もうすぐ終わる。
「やっと、捕まえたっすよ……」
メリッサは倒木に囲まれる地面に、ジェノを押し倒す。
彼は糸で雁字搦めになって、動けない。無防備な状態だった。
「…………」
当の本人は、何も語らない。口を閉ざしている。
あるがままを受け入れ、抵抗する素振りは見えない。
(これは……本意じゃないんすけどね……)
主人格は白き神でも、見た目は十歳そこそこの少年。
今からすることを考えたら、罪悪感で身悶えそうになる。
余裕で犯罪行為。国が国なら、死刑にされる恐れがあるもの。
――それでも。
「子作りの仕方は、あの時教えたっすよね、ジェノさん」
メリッサは、彼の耳元で甘く囁きかける。
とてもじゃないけど、目を見て言えなかった。
恥ずかしいし、照れくさいし、心がもぞもぞする。
体温は急激に上がり、顔が火照っていくのが分かった。
経験が豊富なら、堂々とやれた。でも、あるのは知識だけ。
無理。限界。やめたい。適当な言い訳を並べ、逃げおおせたい。
羞恥心に駆られ、全て投げ出したくなる。現実に目を背けたくなる。
――だけど。
「今回は実践授業といかせてもらうっすよ。文句は一切受け付けないっす」
メリッサは感情を押し殺し、身を寄せる。
無防備な褐色肌の少年の唇へと、顔を近づける。
無理やりでも手順は踏みたい。せめてもの礼儀だった。
(もう、少し……)
大体の距離を把握し、メリッサは目を閉じる。
唇と唇が触れる瞬間だけは、目を合わせたくなかった。
どんな顔をしていいか分からないし、目が合えば堕ちるのはこっち。
自分を納得させ、行為が目前に迫る中、その恥じらいが、大いなる油断を生む。
「超原子拳ぉぉぉっ!!!」
響くのは、聞き覚えのある女性の声。
振るわれたのは、赤いセンスを纏った拳。
「――――うげっ!!!?」
それは一直線に、メリッサの頬をぶん殴っていた。