第82話 バトルフラッグ㉜
武芸百般。武士が戦いに勝つために必須とした技術。
武術、剣術、弓術、槍術、柔術、砲術など多岐にわたる。
語源を辿れば、大日本帝国の戦獄時代に生まれた言葉だった。
当時の帝国は、『骸人』という特定外来種に領土を占領されていた。
原因は、骸人の基本スペックの高さ。努力を必要としない、先天的才能。
――硬い外皮と高い再生能力。
この二つが当時の帝国人を大いに苦しめた。
生まれ持った才能の差。生物としての格の違い。
それを痛感し、独自に発展したのが『武道』だった。
先天的才能ではなく、後天的才能を極めることを選んだ。
結果として、帝国人は骸人に勝った。努力が天才を凌駕した。
――俺はそれに感銘を受けた。
英国式のやり方では、第一王子に勝てない。
西洋風の戦い方では、姉を一度も倒せなかった。
そんな時に出会ったのが、戦獄時代の武術書だった。
資料を読みふけり、史実に自分を重ね、武芸に没頭した。
全てを極められたとは口が裂けても言えず、いまだ発展途上。
ただ、登りたい山は早々に決まった。極めたい道は定まっていた。
「……」
大志を抱き、ベクターは大きく跳躍している。
宵闇の針葉樹の森。それを俯瞰できるほどの上空。
目下には、狼型の四足歩行兵器。進行者が見えている。
体積比は約十倍以上を誇る巨躯。それに挑もうとしていた。
――手元には、白銀の大弓。
ミサイル撃墜に用いた武装。強化外骨格の唯一の兵器。
火力はそこそこ、手数に関しては文句を差し挟む余地がない。
――ただ、とある問題を抱えていた。
(じゃじゃ馬過ぎる……。間違いなく、使い手を選ぶな……)
武道に精通する必要があり、並みの人間には扱えない。
恐らく、試作機なのは、テストパイロットが少ないせいだ。
(使うか、使われるか……。伸るか、反るか……)
弓を持つ手が、自ずと震えてくる。
今、立たされているのは、理想の岐路。
奇しくも訪れた、修めた技を発揮する場面。
経験に通ずる武装を前に、ベクターは確信する。
(武芸百般の神髄は、コイツを極めた先にある……!!!)
内なる炎を燃やし、表には滅多に出さない熱を高める。
その思いがエネルギーに変わり、効率よく全身に行き渡る。
強化外骨格の隅々まで満ちると、最後に向かう先は白銀の大弓。
「量子変転……」
手順に従い、必要な語句を並べる。
短い詠唱の果てに、大弓は光り輝いた。
それは、量子力学と意思の力の技術の融合。
臨機応変な対応が求められる、戦術面の最適解。
大弓の火力では、分厚い装甲を抜けないと判断した。
「量子振動刀……」
言語化し、観測し、結果が収束する。
現れたのは、白銀の刀。鍔のない抜き身の刃。
火力重視の一振り。イメージの力で量子を作り変えた。
大弓を試す限り、起きた問題に性能が追いつかないことはない。
問題は、扱う者の技量。いかな名刀でも、使い手が未熟なら鈍刀になる。
『――――』
そんな中、ギロリと睨まれ、進行者と目が合った。
敵は真下にいる。向こうの手足が一方的に届く距離感。
(来るなら来いよ……)
意味がないと思いつつ、指をクイッと引き寄せる。
反応はどのみち変わらない。遅いか早いかだけの違い。
目が合ってしまった時点で、この後の展開は決まっている。
『――――――ッッッ!!!』
低い唸り声を上げ、進行者は迎撃態勢に入る。
ここまでは予想通り。ただ、その後は少し違った。
敵はクルリと一回転。振るうのは手足じゃなく、尻尾。
リーチのある金属の塊が横薙ぎに振るわれ、こちらに迫る。
(上等だ……。むしろ、それぐらいやってくれないと味気ない……!!)
内なる熱量は、逆境を前に、衰えることを知らない。
むしろ、高まりを見せ、刃が呼応しているように感じる。
切れ味に疑いようはない。問題はタイミングが合うかどうか。
「…………っ!!!」
ベクターは眦を決し、刃が振るうと、その時は訪れる。
ガキンと甲高い音を奏で、尻尾と衝突。赤い火花が散った。
――タイミングは完璧だった。
刃は尻尾に食い込み、押し切れる気配もある。
ただ、あと一歩及ばない。刃は装甲半ばで止まった。
このままいけば、吹き飛ばされる。体積の差がもろに出る。
適切な武装、適切なタイミング。それでも、足りないものは何か。
限られた時間。短い自問自答の末、ベクターは至らない理由を導き出す。
「でやぁぁぁ…………っ!!!!」
内なる熱量の放出。抱えていた感情の発露。
刃は主の意思に応えて、刀身を赤く染め上げる。
『キャォン……っ!!』
聞こえてきたのは、進行者の悲鳴だった。
生きているかのような反応。痛がっている様子。
無我夢中で理解が遅れる。ただ結果はすぐに分かった。
「――」
尻尾は真っ二つに切断されていた。
武装が有効だった証。剣術の腕を示せた。
(よし……。この調子なら……っ!)
手応えを感じつつ、ベクターは着地を果たす。
戦いが終わったわけではなく、むしろ、ここから。
視線を上げ、向き合わなければならない敵を見つめた。
「……っ!!?」
しかし、目に飛び込んできたのは予想だにしないものだった。
『グルルルル……』
牙を剥き出しに、進行者は怒りを露わにする。
ここまではいい。ここまでは何も問題じゃない。
それよりも気になったのは、切断したはずのもの。
「硬い外皮と……高い再生能力……」
尻尾はすでに再生し、苦労は水の泡に消えてしまっている。
それは奇しくも、帝国における『骸人』と特徴が一致していた。