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賭博師メリッサ  作者: 木山碧人
第七章 マカオ
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第82話 バトルフラッグ㉜

挿絵(By みてみん)





 武芸百般。武士が戦いに勝つために必須とした技術。


 武術、剣術、弓術、槍術、柔術、砲術など多岐にわたる。


 語源を辿れば、大日本帝国の戦獄時代に生まれた言葉だった。


 当時の帝国は、『骸人』という特定外来種に領土を占領されていた。


 原因は、骸人の基本スペックの高さ。努力を必要としない、先天的才能。


 ――硬い外皮と高い再生能力。


 この二つが当時の帝国人を大いに苦しめた。


 生まれ持った才能の差。生物としての格の違い。


 それを痛感し、独自に発展したのが『武道』だった。


 先天的才能ではなく、後天的才能を極めることを選んだ。


 結果として、帝国人は骸人に勝った。努力が天才を凌駕した。


 ――俺はそれに感銘を受けた。


 英国式のやり方では、第一王子に勝てない。


 西洋風の戦い方では、姉を一度も倒せなかった。


 そんな時に出会ったのが、戦獄時代の武術書だった。


 資料を読みふけり、史実に自分を重ね、武芸に没頭した。


 全てを極められたとは口が裂けても言えず、いまだ発展途上。


 ただ、登りたい山は早々に決まった。極めたい道は定まっていた。


「……」


 大志を抱き、ベクターは大きく跳躍している。


 宵闇の針葉樹の森。それを俯瞰できるほどの上空。


 目下には、狼型の四足歩行兵器。進行者プログレッソルが見えている。


 体積比は約十倍以上を誇る巨躯。それに挑もうとしていた。


 ――手元には、白銀の大弓。


 ミサイル撃墜に用いた武装。強化外骨格の唯一の兵器。


 火力はそこそこ、手数に関しては文句を差し挟む余地がない。


 ――ただ、とある問題を抱えていた。


(じゃじゃ馬過ぎる……。間違いなく、使い手を選ぶな……)


 武道に精通する必要があり、並みの人間には扱えない。


 恐らく、試作機なのは、テストパイロットが少ないせいだ。


(使うか、使われるか……。伸るか、反るか……)


 弓を持つ手が、自ずと震えてくる。


 今、立たされているのは、理想の岐路。


 奇しくも訪れた、修めた技を発揮する場面。


 経験に通ずる武装を前に、ベクターは確信する。


(武芸百般の神髄は、コイツを極めた先にある……!!!)


 内なる炎を燃やし、表には滅多に出さない熱を高める。


 その思いがエネルギーに変わり、効率よく全身に行き渡る。


 強化外骨格の隅々まで満ちると、最後に向かう先は白銀の大弓。


量子変転クォンタムチェンジ……」


 手順に従い、必要な語句を並べる。


 短い詠唱の果てに、大弓は光り輝いた。


 それは、量子力学と意思の力の技術の融合。


 臨機応変な対応が求められる、戦術面の最適解。


 大弓の火力では、分厚い装甲を抜けないと判断した。

 

量子振動刀クォンタムブレード……」


 言語化し、観測し、結果が収束する。


 現れたのは、白銀の刀。鍔のない抜き身の刃。


 火力重視の一振り。イメージの力で量子を作り変えた。


 大弓を試す限り、起きた問題に性能が追いつかないことはない。


 問題は、扱う者の技量。いかな名刀でも、使い手が未熟なら鈍刀になる。


『――――』


 そんな中、ギロリと睨まれ、進行者プログレッソルと目が合った。


 敵は真下にいる。向こうの手足が一方的に届く距離感。


(来るなら来いよ……)


 意味がないと思いつつ、指をクイッと引き寄せる。


 反応はどのみち変わらない。遅いか早いかだけの違い。


 目が合ってしまった時点で、この後の展開は決まっている。


『――――――ッッッ!!!』


 低い唸り声を上げ、進行者プログレッソルは迎撃態勢に入る。


 ここまでは予想通り。ただ、その後は少し違った。


 敵はクルリと一回転。振るうのは手足じゃなく、尻尾。


 リーチのある金属の塊が横薙ぎに振るわれ、こちらに迫る。


(上等だ……。むしろ、それぐらいやってくれないと味気ない……!!)


 内なる熱量は、逆境を前に、衰えることを知らない。


 むしろ、高まりを見せ、刃が呼応しているように感じる。


 切れ味に疑いようはない。問題はタイミングが合うかどうか。


「…………っ!!!」


 ベクターは眦を決し、刃が振るうと、その時は訪れる。


 ガキンと甲高い音を奏で、尻尾と衝突。赤い火花が散った。


 ――タイミングは完璧だった。


 刃は尻尾に食い込み、押し切れる気配もある。


 ただ、あと一歩及ばない。刃は装甲半ばで止まった。


 このままいけば、吹き飛ばされる。体積の差がもろに出る。


 適切な武装、適切なタイミング。それでも、足りないものは何か。

 

 限られた時間。短い自問自答の末、ベクターは至らない理由を導き出す。


「でやぁぁぁ…………っ!!!!」


 内なる熱量の放出。抱えていた感情の発露。


 刃は主の意思に応えて、刀身を赤く染め上げる。


『キャォン……っ!!』

 

 聞こえてきたのは、進行者プログレッソルの悲鳴だった。


 生きているかのような反応。痛がっている様子。


 無我夢中で理解が遅れる。ただ結果はすぐに分かった。


「――」


 尻尾は真っ二つに切断されていた。


 武装が有効だった証。剣術の腕を示せた。


(よし……。この調子なら……っ!)


 手応えを感じつつ、ベクターは着地を果たす。


 戦いが終わったわけではなく、むしろ、ここから。

 

 視線を上げ、向き合わなければならない敵を見つめた。 


「……っ!!?」

 

 しかし、目に飛び込んできたのは予想だにしないものだった。


『グルルルル……』


 牙を剥き出しに、進行者プログレッソルは怒りを露わにする。


 ここまではいい。ここまでは何も問題じゃない。


 それよりも気になったのは、切断したはずのもの。


「硬い外皮と……高い再生能力……」


 尻尾はすでに再生し、苦労は水の泡に消えてしまっている。


 それは奇しくも、帝国における『骸人』と特徴が一致していた。

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