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賭博師メリッサ  作者: 木山碧人
第七章 マカオ
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第81話 バトルフラッグ㉛

挿絵(By みてみん)




 化学工場に通じる、二車線の道路。


 周辺には、針葉樹が連なる森があった。 


 夜風で枝葉が揺れて、静けさに満ちている。


 ――その静寂を破る者がいた。


 全長約13メートル。狼型の四足歩行兵器。


 進行者プログレッソルは、道路の中央を遮るように立っている。


 機械の鋭い目が標的を捉えると、金属が擦れる音がした。


 背中の装甲が一斉に開き、貯蔵されていた兵器の一部を放出する。


『――――』


 放たれたのは、計二十発の対人誘導ミサイル。


 尾を引く煙が空を裂き、最初の十発は道路で爆発。


 衝撃が地面を震わせ、樹々が揺れ、枝葉が散っていく。


 残り十発が向かった先は、上空。針葉樹の頂点付近だった。


「……」


「……」

 

 そこで睨み合っていたのは、二人の男女。


 周囲には、逃げ場を潰すミサイルが飛来する。


 お互いにライフは一つ。防御も回避も難しい場面。


 求められるのは、迎撃。沈黙を続ければ、死が訪れる。


「「…………」」


 しかし、それでも二人は動かなかった。


 顔色一つ変えることなく、睨み合いを続ける。


 その間にもミサイルは進み、被爆圏内に差し掛かる。


 ここより先で爆発すれば、迎撃してもダメージは免れない。


 ――死のボーダーライン。


 助かる条件は、ラインを越える前に全て撃墜すること。


 それが最も現実的であり、同時に非現実的とも言えるもの。


 時間を追うごとに、難易度が上がっていく中、その時は訪れた。


「「――――――」」


 発生するのは、閃光と爆熱と爆風だった。


 破片が散り、衝撃波が広がり、樹々が揺れる。


 結果として、全ミサイルが同時期に起爆していた。


 周囲は煙に包まれており、二人の安否は確認できない。


 ――シュレディンガーの猫。


 中身を見るまで、生と死は同時に存在する。


 観測の重要性を示す思考実験と似た状況だった。


 ただ、周囲の状況から結果を予想することはできる。


「――――」


 その時、ザザッと枝葉が揺れる音がした。


 起爆の影響を受けない場所からの、不自然な音。


 針葉樹の太い枝の上には、白銀色の脚が着地していた。


 ――それは、自然の産物ではない。


 艶があり、表面は反射し、無機質な形状。


 フシューと音を鳴らし、排熱処理が行われる。


 白き神の鎧化とも、聖遺物レリックの鎧化とも異なる現象。


 ――それは、神秘や奇跡の産物ではない。


 右手には白銀の大弓を持ち、弦は白く光り輝く。


 頭部は金属で完全に覆われており、フォルムは人型。 


 戦闘力、武器の詳細、エネルギー源、それらは一切不明。


 左肩には茶色のニワトリを乗せるが、何の説明にもならない。


 鎧が秘める可能性は未知数。ただ一つだけ、確実なことがあった。


 ――それは、最先端科学が生んだ産物である。


「約束は守らせてもらう……」


 白銀色の強化外骨格パワードスーツを纏うベクターは、虚空に語る。


 視線を向けた先では、被爆周辺の煙が晴れようとしていた。


 結果を観測するまでもなく、状況から推察すれば想像に難くない。


「やっぱり人は、信じてみるもんすね」


 煙の中から現れたのは、無傷のメリッサとジェノ。


 その表情はどことなく晴れやかで、希望に満ち溢れていた。


 ◇◇◇


 停電復旧前。化学工場一階。電気室。


 辺りは暗闇の中、ベクターは拘束される。


 その全身に巻きついているのは、異能産の糸。


 身動きがとれておらず、握るナイフが地に落ちた。


 完全な無力化に成功し、彼は致命的な隙を晒している。


「うちの伸びしろは底なしっすよ」


 そこでメリッサは、斧付き散弾銃の引き金を引く。


 発砲音が響き、発火炎が煌き、空薬莢が地面に転がる。


 意思の力を封じられている人間では、回避も防御も難しい。


 それも、散弾の性質上、最も力を発揮する、零距離射撃だった。


 素人や初心者であろうと、同条件なら絶対に外すことはない距離感。


「お前……どうして……」


 暗視ゴーグルの視界を介し、ベクターは困惑していた。


 その視線の先にあったのは、真下に向けられている銃口。


 地面には複数の弾痕が残っており、誰にも命中していない。


「見て分かんないんすか? 見逃してやったんすよ」

 

 散弾銃を肩に担ぎ、メリッサは得意げに語る。


「見れば分かる……。聞いてるのは理由の方だ……」


 一方、ベクターは、げんなりとした様子で話を進めた。


「うちに命の危機が迫れば、一度だけ助けて欲しい。それが解放の条件っす」


 それが、二人の間に交わされていた口約束。


 守る保証はなく、人の善意を信じた博打だった。


 ◇◇◇


 博打に勝って、口約束は守られた。


 そこから先は自由。敵にも味方にも転ぶ。


「どうしようと勝手っすけど、うちらの邪魔はしないで欲しいっすね」


 針葉樹の頂上に立つメリッサは振り返り、言った。


 それは最悪の可能性を考慮した、ベクターへの牽制。


 正直、白き神を相手にするだけでも、オーバーワーク。


 それに加え、四足歩行兵器と強化外骨格もいるとか無理。


 お願いできる立場じゃないけど、これだけは言いたかった。


「空気は読めるし、義理もある……あの兵器は俺に任せろ……」


 そこで返ってきたのは、一番欲しかった言葉だった。


 嘘か誠かはどうであれ、心がぐっと軽くなった気がする。


「恩に着るっす。互いに生きて帰れたら、一杯やりたいっすね」


 そこでメリッサは、一切の下心なく本音を語る。


 命を預け合う関係は、異性や同性の範疇になかった。


 一言で例えるなら、戦友。戦闘を通して芽生えた深い絆。


「気が向いたらな……」


 満更でもないような声音で、ベクターは飛翔する。


 あの装備と、彼の実力なら、四足歩行兵器はどうにかなる。


 ――残すところは、本命の男。


「さてさて、邪魔もいなくなったところで、仕切り直しといくっすよ!」


 メリッサは意気揚々と語り、右手から糸を放つ。


 神との本格的な戦闘。その先のことも、当然、考えていた。

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