第80話 バトルフラッグ㉚
そこは、針葉樹に囲まれる二車線の道路。
折れた照明の火花が、割れた地面を照らした。
被害の元凶は、超大型級の狼。四足歩行型の兵器。
進行者との激しい戦闘が続く中、新たな動きを見せた。
『――――』
敵機の背中から放たれるのは、無数の白い筒。
今までの原始的攻撃ではなく、現代的兵器の使用。
不運にも真っ先に標的になったのは、近場にいた二人。
「どどど、どうしよう。このままじゃ……」
ヘケトは電磁投射砲を抱え、焦りの色を見せる。
顔中に汗を浮かべて、その場であたふたとしていた。
戦闘が開始して、約20秒。チャージ完了までは、約40秒。
切り札が再使用時間にある現状、戦力にはカウントできない。
「騒ぐなぁ。黙って見ておけ」
頼れる味方がいない中、一鉄は重荷を背負う。
その間にも押し寄せてくるのは、十発のミサイル。
逃げ道を塞ぐようにして、あらゆる角度から襲い来る。
恐らく、人の熱を追尾する性能。回避も防御も厳しい場面。
(ここまで追い込まれたのは、熱い夜以来か)
右足の傷がチクリと痛み、ある修羅場を思い出す。
窮地にいるのを理解しながら、少しばかり思いを馳せる。
(あの時は何もできなかった。だが、今は……)
過去の失敗を火種にして、一鉄は黄金の光を纏った。
身体能力の向上に加え、動かない右足をフォローする。
これでようやく、人並み。ここからは、技量が問われる。
「北辰流――」
杖刀を中段に構え、柄を両手で握る。
基礎中の基礎。現代の剣道における常識。
目新しいものはなく、広く体系化されている。
アイデアは掘り尽くされ、型も構えも手垢がつく。
いくら意思の力を混ぜても、常識の枠に収まりやすい。
実際、並みの使い手なら、この構えを選んだ時点で終わる。
人の想像力には限界があり、平凡な構えという観念は崩せない。
窮地を打開するイメージを頭で描けず、現実と理想の差に殺される。
そこで重要視されるのは、心構え。北辰流開祖、千葉周作は生前語った。
『雨あられ雪や氷とへだつれど、とけては同じ谷川の水』
今がどんな状態にあろうと、帰る場所は同じ。
無数の型や構えを経由しても、最後は刀を振り切る。
その本質を理解し、凡事徹底した先に見える景色があった。
「【星王剣】」
それは、北辰流千葉派における、奥義。
中段の構えから派生する、基本に忠実な斬撃。
その切っ先が、マッハ3で迫るミサイルを斬り裂いた。
内蔵された爆薬を破損させて、本末転倒な事態を招いていく。
「…………っっ!!?」
ヘケトは異常事態を察し、目を見開いた。
ミサイルを斬った事実と、爆発を警戒した驚き。
その予想通り、斬り裂かれた飛翔体は、起爆を始めた。
「…………」
ヘケトの顔を横目で見ながら、一鉄の身体は動き出す。
起爆速度を上回り、最適化された動きがミサイルを駆逐する。
センスによる身体能力の向上。北辰流の核心を掴む者が成せる異常。
――正体は無意識。
脊髄レベルに刷り込まれた剣術。
対象へ杖刀を振り切る瞬間以外の脱力。
無駄を徹底的に省き可能とした、超人的動き。
それで、地球の重力すら影響しない上位存在に至る。
――ゆえに、星王剣。
斬る対象がある限り続き、物理法則を無視する。
その非現実的な敏捷性が、ミサイルを次々と斬り落とす。
「…………」
その最後の一発が綺麗な断面図となっていく。
すでに起爆しており、二人を巻き込もうとしていた。
星王剣の効力も切れかけ、時間が徐々に早まるのを感じる。
ミサイル十発の爆発。まとめて一回の攻撃、とは恐らくならない。
最低でも、ライフを二つは削る威力のもの。巻き込まれれば、死に至る。
「――」
それでも一鉄は、さらに加速する。
驚愕の顔で固まるヘケトを回収し、疾走。
起爆速度を上回った状態で、安全圏に脱出する。
理由は単純だった。現代剣道においても、基本の技術。
――残心。
攻撃した後も警戒を怠らずに移動し、相手への礼儀を示すこと。
一鉄は斬撃の余韻を残し、ミサイルの攻防を無傷でやり過ごしていた。