第78話 バトルフラッグ㉘
製鉄所内に響き渡るのは、重量衝撃音。
地面は低く唸りを上げ、施設全体に伝わる。
音の原因を、事細かに当てられる人間は少ない。
ただ、音から位置を逆算した者は多く存在していた。
「へぇ……楽しそうなことやってるじゃないっすか」
メリッサが着いたのは、化学工場西2km地点。
手から糸を切り離し、針葉樹の頂点に立っている。
見えるのは、人間と巨大兵器と森林の合間に通る道路。
近辺は、復旧した道路照明により、明るく照らされていた。
――到着にかかった時間は約10秒。
2km走の平均が10分に対し、大きく上回る。
理由は、物理的な距離の近さと、糸による移動。
意思の力に依存しない異能に頼っていたからだった。
「二足じゃなく、四足歩行兵器……。当たらずとも遠からずっすね」
高みの見物を続けるメリッサは、感想を漏らす。
目の前で起きる問題には、なんの混乱もなかった。
前置きは十分。心の準備は到着する前に済ませてる。
それよりも、気にしないといけない問題は別にあった。
「……で、うちになんか用っすか」
振り返った先には、針葉樹の頂点に立つ少年。
異様な雰囲気を放ち、こちらをじっと見つめている。
見覚えがあった。知らない人とは、口が裂けても言えない。
本来なら、再開を喜び合いたいし、ここで仲直りもしておきたい。
――だけど、この問題は根っこが深い。
「ジェノさん。……いいや、白き神」
メリッサは、異変を察し、正体を言い当てる。
相手からの返事はなく、不敵な笑みを浮かべていた。
◇◇◇
同時刻。化学工場三階。研究開発室。
立ち寄ったのは、白スーツを着た精悍な男。
肩に茶色のニワトリを乗せ、右腕には紺碧の腕輪。
顔につけていた暗視ゴーグルを外して、静かに言い放つ。
「依頼の報酬を頂こうか……」
ベクターは停電の復旧を果たし、対価を求める。
目の前にいる白衣を着た男は、悪い笑みを見せていた。
◇◇◇
同時刻。高炉跡地。震源地より4km付近。
そこには、瓦礫の道を駆ける三人の姿があった。
「……あの子は、最初から殺す気がなかったって言うんか?」
道中、セーラー服を着る広島は声を上げた。
行うのは、事実確認。自由落下の攻防に紐づくもの。
「そうネ。彼の得物は持ち込み品。当ててもダメージは与えられない」
黒服を着る蓮麗は、真剣な顔で答える。
パートナーじゃからこそ、知り得る情報。
嘘をつく必要もなく、限りなく真実に近い。
「……つまり、あの脅しは、虚仮威しだったわけねん」
白黒の道化服を着る赤髪の男、バグジーは言った。
勘違いした原因。蓮麗に無害の銃口を向けたのが事実。
「あぁ……あの子が考えとること、なーんも分からん。一体、何がしたいんじゃ」
情報をすり合わせた上で、広島は素直な感想を語る。
会話や事実からは読み取れん領域。胸中に秘めとるもの。
「直接確認するしかないんじゃない? どうにか、彼の人格を引っ張り出してね」
バグジーが出した案は、正攻法じゃった。
難易度を差し引けば、一番現実味があるもの。
「言うは易く、行うは難し。それは、机上の空論ネ」
ただ蓮麗は難色を示していた。
確かに、何も前提がないと厳しい。
雲を掴むような空想に聞こえてしまう。
じゃけど、こっちには、心当たりがあった。
「…………『神醒体』。神に支配されん、肉体を作り上げる」
肉体系における最高到達点。
精神が駄目なら、肉体を極めさせる。
あくまで噂じゃが、信憑性が高い情報じゃった。
「具体的には、どうするのよ」
「外部からの強い刺激で、肉体を極限まで追い込むんじゃ」
バグジーの質問に、広島は即答する。
それが一番手っ取り早い方法。進化の過程。
「殺す気で叩き、覚醒を促す。希望はあるが、センスが使えない今、可能カ?」
要点をまとめながら、蓮麗は問題点を指摘した。
「「…………」」
口を閉じざるを得ない問題じゃった。
できるとはとても言い切れん、重大な欠陥。
きっと今の力じゃったら、大した刺激にもならん。
(バトルフラッグ上では、厳しいか。じゃけど、放置すれば、さらに……)
冥戯黙示録が終われば、恐らく可能。
ただ悠長にしていれば、別の問題が起きる。
白き神が成長して、手遅れになる可能性もあった。
「「「――っ!!!」」」
そんな時、三人は同時に目を見開いた。
強い刺激を外部から与えられたような反応。
心の奥底からは、燃え上がるような力を感じる。
「……センス、戻ったでぇ!!!」
広島は赤色の光を纏い、威勢よく語る。
その顔には、好戦的な笑みを覗かせていた。