第76話 バトルフラッグ㉖
化学工場で量産される四足歩行兵器。進行者。
その存在は、停電前の研究資料室で確認している。
資料には装備、弱点、出現地点などが書かれていた。
――だからこそ、この展開は予測できた。
有効な武器を入手し、発進ゲートに先回りした。
戦死のリスクはあるが、他のプレイヤーも同じこと。
それよりも、倒せた場合のリターンがあまりにも大きい。
――進行者を倒せば、旗が二つ与えられる。
資料はすでに廃棄済みで、情報は占有している状態。
後に気付くとしても、真っ先に気付くことはできない。
先行者利益を得るために必要な条件は、全て揃っていた。
「狙いは胸部、電源ユニット。用意はいいか?」
一鉄は、隣に立つヘケトに尋ねる。
彼の両手には近未来兵器。電磁投射砲。
チャージ時間は一分。第一射目は準備済み。
弱点を突けば、一撃で沈める可能性は十分ある。
むしろ、ここで倒せなければ、待ち受けるのは死だ。
「うん……。任せてよ!」
命運を握っているヘケトは、声を張り上げた。
瞳に揺らぎはなく、根拠のない自信に溢れている。
強がりか、張りぼての勇気か、恐怖を隠し通すためか。
ただ、未知の兵器を前にしても、立ち向かう意思があった。
(黄金の精神は、惹かれ合うか……)
直感するのは、ヘケトの内に秘めたもの。
目視したわけでもなく、確たるものは何もない。
それでも、同種の力を扱うものとして、確信があった。
「……標的捕捉」
彼は着々と照準を合わせ、引き金に手をかけていた。
その先には、進行者の胸部。貫けば、全機能は停止する。
『……………………』
対する進行者は、沈黙を保っている。
撃ってみろとでも言わんような態度を示す。
完全自律型のAIが積まれているとは思えない反応。
中に人間が乗り、操縦しているような錯覚を覚えてしまう。
(杞憂だな。それより、問題は……)
すぐに考えを切り捨てるように、頭を振るう。
気にするべきは、妄想よりも、目の前に広がる現実。
「――――いっけぇぇええええっ!!!!」
威勢のいい声音と共に、ヘケトは引き金が引く。
二本の導体レールに、目に見えるほどの電流が走る。
発生するのは、物体を加速させる性質を持つ強力な磁場。
そこに放たれるは、口径16mmにも及ぶタングステン合金弾。
微量の雷光を纏い、目にも留まらぬ弾道を描いて、標的へと迫る。
その速度は極超音速。音速の約七倍に至る速さ。マッハ7に相当する。
「…………」
見てから対応することは、ほぼ不可能。
重量500トンの物体は、マッハ7で動けない。
密着した状態で撃てた場合、弾は必ず命中する。
その限定条件を満たした時点で勝ったも同然だった。
『――――――』
しかし、進行者の運動性は、マッハ7を超えていた。
地面を蹴り、弾を物理的に回避し、易々と予想を打ち破る。
「ここまでとは……」
一鉄の目論見の甘さが露呈する。
リアリティに偏り過ぎた思考の欠陥。
普通ならあり得ないという、視野の狭さ。
目の前に広がるのは、勝つ見通しのない絶望。
「……チャージまで一分。次で決めるよ! 絶対!!」
折れかける心を支えるのは、ヘケトの声音。
ネガティブな要素が一切ない、ポジティブな言葉。
上手くいく根拠は一切ない。避けられる確率の方が高い。
「舌先三寸口八丁。……だが今は、その口車に乗せられてやろうかぁ!!!」
仕込み杖の鞘を抜き、一鉄は刀身を露わにする。
その全身には、黄金色に輝くセンスが纏われていた。