第73話 バトルフラッグ㉓
ポンプアクション式ショットガン。レミントンM870。
メリッサが持っている散弾銃であり、装弾数は4発+1発。
発射されれば、細かい鉛玉が飛び散り、動く対象にも効果的。
近距離、至近距離において、絶大な威力と命中精度を誇っている。
狭い電気室内での攻防なら、無敵のように思えるが、弱点も存在した。
――排莢と装填は手動。
弾薬は、銃下部にあるチューブマガジンに内蔵。
自動なら発射時に排莢、弾倉から次弾が装填される。
動作による戦術的不利はないが、M870の場合は異なる。
銃前方の握り手を引き戻す必要があり、わずかな隙が生じる。
「……」
それが攻防の要になると、メリッサは予期していた。
安直な装填を選ばず、影で気配を探り、相手の出方を伺う。
(問題はこっからっすね……)
ただ、彼女が有する影の異能は、未発達。
精度は、五段階評価で示すなら、二段階程度。
影の索敵が可能でも、視野は暗視ゴーグルに劣る。
分かるのは、十メートル内の地面に足をつく人の位置。
現状、肉体の細やかな動きを感知するのには限界があった。
「おいおい……。リロードの仕方も知らないのか……?」
諸々の事情をおおよそ把握した上で、ベクターは煽る。
メリッサの索敵。影の習熟度に関して、彼が知る由はない。
ただ、M870における構造上の弱点は、当然ながら理解していた。
「生憎、コンマ一秒を許す相手じゃないっすからね。様子見っすよ」
煽りに対し、メリッサは真摯に答える。
交渉が決裂した時点で、怒りは冷めていた。
安い挑発に乗るほど、今の彼女の沸点は低くない。
「追い込まれるほど利口になるタイプか……。上等だ……っ」
一連の流れを評価し、ベクターは地面を蹴った。
暗闇の中を縦横無尽に動き回り、攻めの糸口を探る。
無数の足跡だけが残って、肝心の本体の動きが追えない。
奇しくも、影の索敵において、最も苦手な動きとなっていた。
(追い、切れないっす……っ)
的を絞れず、リロードをする隙もない。
後手後手に回ってしまう中、動きがあった。
「滑稽だな……」
ベクターは声を発し、逆手に握ったナイフを横に振るう。
位置は背後。吸い込まれるように刃は彼女の胴体へと迫った。
「…………っ!!!」
遅れてメリッサは散弾銃を振るう。
銃の先端についた斧で、叩き落とす感覚。
あわよくば、ダメージを与えたいという腹積もり。
「「―――」」
しかし、そんな甘い見通しは通らない。
ベクターの刃は、容易く胴体を切り裂いた。
感覚に惑わされ、見事な一撃を食らってしまう。
出血はないが、その代わりとして失うものがあった。
メリッサ=♡♥
右手の甲に表示されるライフが一つ消える。
バトルフラッグで課せられた、限りのある命。
再生能力があろうと、ライフがなくなれば死ぬ。
「後がないぞ……。このままでいいのか……?」
ベクターは煽り立てながら、地面を蹴った。
同じ戦法。縦横無尽に駆け、切りかかるスタイル。
(このままじゃ、駄目っすね……)
不利な戦いが強いられる中、メリッサは悟る。
持ち味だった五つの異能に、一切頼れない状況。
彼女の人生において、最も死に近付いている瞬間。
(もっと、うちも……強くならないと……)
胸に抱いたのは、成長への強い渇望。
余計な感情は一切なく、あるのは向上心。
憧れの存在に、近付きたいという純粋な思い。
脳裏に浮かんでいる人物は、当然、決まっていた。
(ジェノさんのように……っ!!)
パチリと目を開き、メリッサは影を遮断する。
いらないリソースを消し、行動を最適化していく。
「…………」
気配を全く感じ取れない状態で聞こえるのは足音。
影で索敵していた時と、同じようで全く違っていた。
余計な邪念が一切入らない。集中力が全く乱されない。
――過集中状態。
今なら何だって出来るような気がした。
「またマグロか……。底が知れるな……」
呆れたような声を発し、ベクターは移動を続ける。
攻撃の前兆。あえて知らせて、行動を鈍らせる作戦。
「――」
そこでメリッサは、ポンプアクションを行う。
排莢と装填が済まされ、致命的な隙を晒している。
――それを見逃すベクターではなかった。
「これで積みだ……っ!」
彼の狙いは、先ほどと全く同じだった。
背後から迫って、逆手に持つナイフを薙ぐ。
ただ、速度だけは先ほどよりも洗練されていた。
なんの加減もなく、命を奪う凶刃がメリッサを襲う。
「――――っっ!!?」
しかし、刃は空中で止まり、ベクターは停止する。
何が起きたか分からず、疑問符を浮かべることしかできない。
「そういえば今まで……異能のメモリ管理、してこなかったんすよね」
その答えはメリッサの口から語られる。
威勢よく右手を見せ、細い糸を覗かせている。
影に意識を割いた分を全て、糸の精度向上に捧げた。
彼女が最も得意とする領域。それに、全神経を注いだ結果。
「底を見誤ったか……」
糸で身動きの取れないベクターは、悔し気に語る。
「うちの伸びしろは底なしっすよ」
それに対し、メリッサは澄ました顔で答え、引き金を引いた。