第72話 バトルフラッグ㉒
ピリピリとした空気が肌に伝わる。
頼れるのは、視覚を除いた感覚と異能。
影による掌握で、相手の位置は把握できる。
――範囲は半径10メートル。
目の前にいるのは、イギリス王室の第三王子。
ソロの活動を好み、集団行動は苦手のように思える。
説得は困難。一つでも間違えれば、修羅場に発展する状況。
「ひとまず、情報共有といかないっすか」
メリッサは斧付き散弾銃の銃口を下ろし、交渉を始める。
現状、言えること、言えないこと、言いたくないことがある。
どこまで話すかは、相手の反応と場の流れで決めるしかなかった。
「そっちから話すんだな……。まずは、旗の有無と相方不在の理由を言え……」
するとベクターは、愛想悪く言った。
とりあえず、話に応じる気はあるらしい。
上から目線の態度が癪に障るも、ここは我慢。
――交渉は常に受け手が有利。
話を振った側は下手に出るしかない。
言葉を選ばないと、確実に交渉は決裂する。
争いを避けるなら取れる選択肢は、限られていた。
――そう頭では分かっていたのに。
「舐めた口利いてんじゃねぇっすよ。ぶっ殺されてぇんすか」
ダンと盛大に響き渡るのは銃声だった。
銃口から放たれた散弾が天井を貫いていく。
空気は張り詰め、工場内の静寂を破っていった。
言葉を選ばない先に、待ち受けるものは決まってる。
「決裂か……。だったら、タイマンといこうや……」
行き着いた先は、当然の如く修羅場。
メリッサは、致命的に交渉が下手くそだった。
◇◇◇
化学工場一階。組立エリア。
ベルトコンベアと組立機器が並ぶ。
コンベア上にあるのは超大型の金属部品。
銃器や戦車などでは、到底釣り合わないサイズ。
(やはり、二手に別れて正解だったかもしれんな……)
マクシスは足を止め、思考する。
思い返されるのは、分かれる前の会話。
『二足歩行兵器がある前提なら、止める方向に動くのもありかもっすね』
メリッサの一言により、優先順位を変更した。
旗の回収ではなく、二足歩行兵器の起動の阻止だ。
そこから思考を飛躍させて、必要な手段を二つに絞る。
――電力と本体。
これさえ押さえれば、止まると踏んだ。
工場の設備から逆算すれば、大体の目星はつく。
そのため二手に分かれた方がいいと判断し、今に至った。
(足を止めている場合ではないな。先を急がねば)
考えの整理がつき、再び歩み始めようとする。
「――っ!?」
そこに響いたのは、銃声だった。
破裂したような発砲音からして散弾銃。
恐らく、メリッサが道中で敵と遭遇した合図。
(助けに行きたいのは山々だが、ここは……)
相方の実力を信じ、マクシスは前進を続けていく。
道なりに行けば、製品は完成に近づき、本体に至るはずだ。
「……」
表面処理エリア。熱処理エリア。塗装エリア。
工場は終盤に差し掛かり、本体を期待できる頃。
順調に前進を続けていたマクシスは再び足を止める。
(敵影……。いや、ちょっと待て、あいつは……)
サーマルサイトに映るのは、人体。
人の体温を感知して、赤く光っていた。
顔の詳細は分からなくとも、輪郭で分かる。
自ずと引き金にかける指の関節が震えてしまう。
「マクシス・クズネツォフさん。突然ですが、審判の刻です」
語られるのは、想像とは違う声音。
物腰が柔らかく、どこか大人びている。
状況から考えて、一つの仮説が頭に浮かぶ。
「ジェノ・アンダーソン……。とうとう、神に食われたか」
神格化が進行した、最終到達ライン。
神に最も近い人間と、戦う可能性だった。