第70話 バトルフラッグ⑳
化学工場一階。製品加工ライン。切削エリア。
金属を製品に仕上げるには、いくつかの段階がある。
切削。加工。成形。溶接。組立。表面処理。熱処理。塗装。
それら一連の工程を終え、品質検査した上で、出荷準備へと至る。
「……ここって、なんの工場なんすかね」
足を踏み入れたメリッサは、小声で尋ねる。
影で索敵を済ませ、わずかな余暇を埋めていた。
「本命は銃器。対抗は化学兵器。大穴で近未来兵器、といったところか」
サーマルサイトを覗きながら、マクシスは答える。
熱放射を検出し、温度の違いを基に視覚情報を提供する。
人体と物体にも対応し、サイト先には切削加工機が見えていた。
停電中のため、機械は沈黙を保ち、生産ラインは完全に停止している。
「概ね同意っすけど……近未来兵器は、さすがにないんじゃないっすかねぇ」
メリッサが食いついたのは、大穴。
冗談めかしたような口調で語っている。
大穴と言えども、微塵も信じていない様子。
「現実世界なら、ほぼあり得ないだろうよ。……だが、ここは独創世界。あり得ないことがあり得る場所だ。リアリティを追及した世界観で忘れがちになるが、本質はファンタジー。現実基準で考えた大穴こそが、むしろ、本命の可能性もある」
一方、マクシスは、大真面目に理論立てて説明する。
得心がいったのか、メリッサは顎に手を当て、何度も頷く。
「それが仮に本命だったとして、具体的には何が来ると思うっすか?」
そして、起こる得る事態に備え、議論を重ねていった。
先ほどのふざけた態度は消え、真面目なトーンで接している。
大穴と切り捨てようとしたものが、現実味を帯びようとしていた。
「二足歩行型兵器。兄が名付けるとすれば、恐らく……進行者」
マクシスが口にしたのは、ロシア語訛りの言葉。
その声音には、並々ならない熱量がこもっていた。
◇◇◇
化学工場地下一階。格納庫。
そこは、深い闇に包まれている。
規模も格納される兵器の詳細も不明。
ただ、秘密裏に作られた空間が存在した。
「……さすがは兄弟。いい勘してやがる」
声を響かせるのは、アサドだった。
目の前の画面には、切削エリアの映像。
音声もモニターされ、会話は筒抜けの状態。
狭い空間に備わる席に、腕を組んで座っている。
そのすぐそばには、青色と黄色の旗が飾られていた。
旗を争うルール上、接敵は不可避。彼が動く条件は単純。
「あぁ、停電が明けが待ち遠しい。そうなりゃあ、メインイベントの幕開けだ」
モニターを見るアサドは一人、待ち焦がれる。
そう遠くはない未来に必ず起こる、極上の闘争を。