第7話 悪魔チンチロ①
ザ・ベネチアンマカオ地下107階。認定の間。
だだっ広い部屋の中には、大量の卓が用意される。
卓上にはサイコロが三つと、丸い茶碗が置かれている。
冥戯黙示録の参加者は一人も欠けることなく集まっていた。
『おっほん。手始めに諸君らには、悪魔チンチロを行ってもらう!』
どこからともなく、幼女の声が響き渡る。
地下107階から地下86階までを担当する悪魔リア。
声には張りがあり、心から主催者を楽しんでる感じがした。
「…………」
メリッサは、近くの卓にあるサイコロの感触を確かめる。
通常の六面ダイスとほぼ同じ。ただ、ほんの少し趣が異なる。
(1の出目が悪魔マーク……。恐らくこれが肝っすね……)
ルール説明を受ける前に、違和感を見つける。
これがきっと、普通のチンチロとは異なる要素のはず。
『ルールを説明する前に、前提条件を話しておくぞい。卓には五人まで座ることができ、チップの貸し借りは自由。借入も計測も全て卓上で行われる。先ほど配ったカードを卓上でかざせば借りられ、儲けた分を預けることもできる。借入の上限とチップ残高は常に表記されるから、ご利用は計画的にな。上限に到達した時点で、即ドボン。吾輩の生贄として捧げられるので、後悔のないよう借りるのだぞ』
先に説明が入ったのは、ゲームの注意事項だった。
悪魔という割に、隠し切れない人柄の良さが溢れ出る。
胴元と参加者。互いに納得する場を用意してる感があった。
『さて、肝心の悪魔チンチロのルールだが、既存のルールを踏襲する。親と子を決め、サイコロを最大三回まで振り、成立した役の大きさで親と子の勝敗を決めるゲーム。子同士のやり取りはない。通常目は、サイコロ三個を振り、二個の数が一致した場合、残り一個の数字を役とする。⚂⚂⚃なら⚃の役となり、⚀が最も弱く、⚅が最も強く、親の出目に勝てば一倍払い。親と子が同じ数なら引き分け、親が子に勝てば一倍払い。特殊目は、⚃ ⚄ ⚅のシゴロを二倍払い、⚁⚁⚁ ~⚅ ⚅ ⚅のゾロ目を三倍払いとする。⚀の出目、役なし、茶碗こぼしのションベンは一倍払いで即負け。親の特殊目による即勝ちのルールはなく、親がシゴロで、子がゾロ目なら、子の勝ち。親と子がシゴロ同士なら、親が勝ち。親と子がゾロ目同士なら、数字の強い方が勝ち、同じなら引き分け、弱ければ負けとなる。親から反時計回りに賽を投げ、精算が終われば、交代。親が一巡するまでをワンセットとして、その間の交代は不可となる』
語られるのは、通常のチンチロと酷似したルール。
異なる要素が少なく、親の即勝ちがない点がローカル。
(考えすぎ……だったっすかね……)
握った三つのサイコロを茶碗に戻して、息を抜く。
カランと小気味のいい音を立てて、数字が表記される。
揃ったのは、⚀⚀⚀。ゾロ目でありながら、説明にない数字。
(いや、違うっす。こいつには絶対なんかあるっすよ……)
ピンゾロ。通常のチンチロでは五倍払いの最強の出目。
胸の内の違和感が膨れ上がると、会場には再びリアの声が響く。
「最後となったが……悪魔目となる、⚀⚀⚀のピンゾロは五倍払い、⚀ ⚁ ⚂のヒフミは二倍払いとして、吾輩に献上されることとなる。引かないことを祈るがよい。ちなみに、先に進むためのチップのボーダーラインや、ランキングや各種情報の確認、嗜好品や飲食物や特典の購入は、電光掲示板により可能となるので、隈なくチェックしておくように。詳しい説明がなかった、などの言い訳は絶対に聞かんからな。……以上、説明終わり! 各々、勝負を開始するがよい!!!」
二度目の宣言により、会場にいる無法者たちが動き出す。
卓に集まるより、壁際にある電光掲示板に移動した人が多い。
「メリッサ……。本当にやるんだね……」
そんな中、背後からは、ジェノの冷たい声が響いた。
どうして黙っていたんだ。そんな心の声が聞こえてくる。
返答次第では、今まで積み上げた好感度は、一気になくなる。
「止めても無駄っすよ。賽はもう投げられたっす」
その上でメリッサは謝罪も釈明もしなかった。
命を賭す覚悟で前に進もうとすれば、どうなるか。
ジェノ・アンダーソンの思考を誰よりも理解していた。
「あぁ、もう……分かったよ! 協力すればいいんでしょ!!」
思った通りの返事により、心強い味方が一人増える。
彼さえ味方につければ、芋づる式についてくる特典もある。
「仕方ないねぇ。この子が乗り気なら、手を貸すよ」
「命に危険が及ばない程度なら、ご助力させていただきます」
あくまで中立だった、マルタとアミの加入。
ここまでは想定通り。ここから先は想定の範囲外。
(さぁって、手札は揃ったっす。まず最初にやることと言えば……)
定石は電光掲示板の情報を確認すること。
不安材料を潰して、攻略を開始するのが鉄板。
全部承知の上で、メリッサは卓から離れなかった。
「「「「…………」」」」
すると、四方から集まってくる四人の男がいた。
普通や常識から逸脱した存在。定石をあえて外す者たち。
考えることは期せずして同じ。言葉を交わさなくとも理解できる。
百聞は一見に如かず。思考より行動を優先。賭場の肌感覚を真っ先に掴む。
――ようするに。
「味見っすよね……。もちろん歓迎するっすよ……。裏社会の王!!!」
何でもないはずの賭場は初戦にして、クライマックス。
ロシア、帝国、イタリア、中国の重鎮が一同に集結していた。