第64話 バトルフラッグ⑭
高炉内の一酸化炭素は、540000PPMを超えている。
空気中の54%を占め、平常時の540万倍の数値だった。
人が吸えば、酸素の運搬を妨げ、意識を奪い、死に至る。
それに加え、ここまで高濃度の場合、気体の性質は変わる。
濃度12%から74%の一酸化炭素と酸素が混じり、生じるもの。
――爆発性混合ガス。
導火線は、すでに灯されていた。
高炉制御室にあるガス検知用のパイプ。
そこに、銃弾が浴びせられ、火花により引火。
パイプを伝って、火の手は徐々に進行を続けていく。
火がたどり着いた先にあったのは、高炉と爆発性混合ガス。
停電。密閉。濃度。火源。あらゆる条件が揃い、それは発生した。
――ガス爆発。
始まりは、小さな閃光だった。
それは爆発性混合ガスに引火した合図。
燃焼は急激に進み、強烈な熱と圧力が発生する。
周囲の建造物を壊し、轟音と共に爆風が広がっていった。
◇◇◇
火に包まれた制御室は、爆発により崩落を始める。
壁が崩れ、足場が砕け、身体は重力に引かれとった。
そこは、上空50メートル。落ちれば、ただじゃ済まん。
センスが使えん今、かなり危うい状況じゃが、問題ない。
バトルフラッグのルール上、収集品以外の通常攻撃は無効。
恐らく、落下時の衝撃にも適用され、難なく着地できるはず。
それよりも、他に考えにゃあならん問題が脳裏によぎってくる。
(……うちは、あの子を殺せたんじゃろうか)
思い返されるのは、一分前の出来事。
ジェノとの決闘。殺し合うた先の決着。
狙撃銃を鈍器のように振るい、ぶつけた。
手応えはあった。感触は今も手に残っとる。
それなのに殺し損ねた気がしてならんかった。
(命が取り立てられりゃあ、衣服だけ残る。せめて、それを……)
落下を続ける中、考えがまとまり、広島は辺りを見渡す。
見えるのは、モニターの残骸、パイプの破片、制御室の瓦礫。
どれもこれも、爆発による余波。予想の範囲内の障害物じゃった。
「…………」
視線を右往左往させとると、あるものが目に入った。
青色の制服。ジェノが好んで着ていた滅葬志士の隊員服。
その周囲一帯に、人らしき影はなく、結果は明らかじゃった。
(殺れたんじゃな……。これで、うちとアミは殺されずに済む)
達成感というより、束縛から解放された感じ。
命令を下した総棟梁から、どやされんようになる。
望んでいた結末じゃった。これで、当分の間は、安全。
平和の代償として、情け容赦のない悪人を殺しただけじゃ。
「……」
それなのに、気分は最悪じゃった。
目の前は滲み、胸がぐっと締め付けられる。
(白き神さえ、あの子に宿っとらんかったら……)
その原因は、すぐに理解できた。
ジェノの人間性には、問題なかった。
ただ、内に宿る白き神の精神汚染が問題。
あのままいけば、敵になる可能性が高かった。
だから、暗殺命令が下った。一番安直な解決方法。
殺せばどうにかなる。一人の犠牲で大勢を救うやり方。
全員は救えん。綺麗事じゃ世の中が回らんのは理解できる。
ただ一人の子供の未来を奪うのは、大人としていかがなもんか。
正しいか、間違っているか。一生かけて考えにゃあならん気がした。
「……?」
そんな時、視界の端にチラリと影が見えた。
急いで目をゴシゴシとこすり、焦点を合わせる。
頭に浮かぶ予感を、頭ごなしに否定し、目を向けた。
そこにいたのは、同程度の速度で地面に落下している人。
自ら瓦礫をどけて、死角に隠れていたものが明らかになった。
「俺はここにいる! 殺せるもんなら、殺してみろ!!」
そこにいたのは、上着を脱いだジェノ・アンダーソン。
喜ぶべきか、嘆くべきか。殺しはまだ終わっとらんかった。