第63話 バトルフラッグ⑬
高炉制御室は、炎上していた。
火災の原因は、一酸化炭素の引火。
機材は次々と燃え、煙を上げていった。
火の手が激しくなる中、赤い旗が置かれる。
そこは、エントランス中央。障害物のない場所。
唯一延焼を免れ、周りの炎が戦う範囲を限定させる。
まるで、天然のボクシングリングを形成するようだった。
――高炉爆発まで残り二分。
対話の道は絶たれ、衝突は必須の状況。
勝ち負けの条件は、一方的に定められていた。
――殺し合い。
どちらかが死ぬまでの勝負。
ライフが0になった方が敗北する。
広島――♡♡。
ジェノ――♡♥。
ライフは、広島がリードしている。
ジェノは二撃に対し、広島は一撃で済む。
ただし、ライフを削る手段は、限定されていた。
「――――」
先に動いたのは、広島だった。
長い銃口を向け、引き金に手をかける。
近距離のため、目視によって照準を定めている。
――得物は狙撃銃。
遠距離射撃に特化し、銃身が長いため、取り回しは悪い。
スコープも遠距離用のため、近距離戦では使い物にならない。
「――」
一方、ジェノは地面を蹴った。
銃口を避ける形で、迂回していく。
敵を中心にした円を描くように駆ける。
様子を伺いつつ、徐々に距離を詰めていた。
――得物は自動拳銃。
銃身が短いため、取り回しはスムーズ。
至近距離においては、格闘にも移行しやすい。
問題は射程の短さだが、不利になる場ではなかった。
「あぁ、まどろっこしい! 慣れんことはするもんじゃないのぅ!!」
互いに睨み合いが続く中、広島は銃口を下げた。
罠か、フェイントか、狙撃銃での勝負を諦めたのか。
本人以外には知る由もなく、ジェノも例外ではなかった。
「…………」
諸々の状況を承知した上で、彼は距離を詰めた。
いずれにしても、このマッチアップでは接近戦が有利。
勝ちにこだわるのなら、正攻法とも言える戦法を取っていた。
「やっぱ、うちはコレじゃ!!!」
それを見届けた広島は、ようやく動き出す。
持っていた狙撃銃を、そのまま強引に振るった。
ブンとバットがフルスイングされたような音が鳴る。
長い銃身による横薙ぎが、距離を詰めたジェノに迫った。
「でしょうね」
当の本人は、その場で屈み、紙一重でかわす。
予期しなければ反応できない速度を、難なく突破。
隙を晒す広島の懐に照準を向け、引き金に手をかけた。
「――お見通しじゃ」
冷たい声音と共に、ダンと重い銃声が鳴り響く。
照準はでたらめで、銃弾は燃えるモニターを貫いた。
一見、的外れのように見えるが、彼女の狙いは別にある。
「……っっ」
ジェノは顔を歪め、いち早く状況を理解する。
再度やってきたのは、空を切ったはずの長い銃身。
発砲の反動による軌道変化。それが連撃を可能とした。
身体のどこかにヒットすれば、ライフは削り取られる仕様。
避けることができなければ、ルール上では、死を意味している。
「手応え、アリじゃ!!」
ガゴンと音が鳴り、銃身は対象を捉え、叩き飛ばす。
身体をのけぞらせながら、ジェノは火の海に消えていく。
わずか六十秒の攻防。高炉爆発まで、残り一分を切っていた。
◇◇◇
高炉制御室近辺、下降用梯子前。
そこでの攻防にも、動きがあった。
「……くっ」
引き金を引く蓮麗の拳銃は、スライドオープン。
床には大量の薬莢が散らばり、弾切れを意味していた。
「素人にしては、頑張った方じゃない?」
対するバグジーに、武器はない。
バックパックを背負うのみで、素手。
身体能力だけで弾を全て避けきっていた。
「あの少年をここで殺すのカ? アイツには利用できる価値が!!!」
「彼はラインを越えたわ。意思の力が使えない今、早めに処理するべきよ」
戦いの手を止め、互いの主義主張をぶつけ合う。
意見は真っ二つに割れており、譲る気はない様子。
「何を根拠に言っている? まだアレは狂ってないヨ」
「アナタを殺そうとしたんでしょ。どう考えても、狂ってるわ」
白き神を内包している前提で話は進み、具体的な内容に触れる。
高炉での攻防が起こる前、スコープ越しに見た出来事のことだった。
「……いや、アレは」
事情を理解した蓮麗は、反論しようとする。
その間に生じるのは、異様なほどの焦げついた臭い。
空気は振動し、足場は揺れ、火の手は増し、その時は訪れた。
「「――っ!!」」
高炉で溜まりに溜まった一酸化炭素が起爆。
足場は崩れ、高炉周辺施設は全て吹き飛んだ。