第61話 バトルフラッグ⑪
赤い非常灯が、デスク周辺を淡く照らす。
銃口を向けた先には、見知った少年がおった。
内に白き神を宿し、暗殺命令が出ている標的じゃ。
――残りライフは1。
このまま引き金を引きゃあ、任務は達成される。
ひいては、命令違反で部隊から追われることはなくなる。
「撃たないんですか?」
その張本人は、いけしゃあしゃあと語り出す。
殺されないと思っとるのか、恐怖心が欠如しとるのか。
どちらにせよ、すぐに引き金を引かなかったのには理由があった。
「……撃つまでもない。ここらには、致死レベルの一酸化炭素が充満しとる。数分間の滞在で、頭痛や吐き気を催し、気絶。数十分後には、死に至る。高炉に来て、どれだけ経った? 制御室に誘い込まれた時点であんたは詰んどるんじゃ」
銃口を下ろし、広島は冷たい事実を告げる。
これなら、あの時みたいに情をかける心配はない。
――すでに勝負は決まっとる。
話を引き延ばし、時間を稼ぐ必要もない。
倒れるところさえ見届けりゃあ、死は訪れる。
課された暗殺任務は、達成されたも同然じゃった。
「なるほど……それで、蓮麗さんは退場させられるわけですか」
ジェノは背後を振り向き、出入り口を見つめる。
そこには、口を塞がれる蓮麗と、実行犯のバグジー。
手早くスムーズに誘拐して、制御室から離脱していった。
今から急いで離れれば、頭痛か、気絶で済む程度のはずじゃ。
「カタギを巻き込めんからのぅ。あんたも、それが本望じゃろ?」
モニター前に置いた旗を回収し、離脱準備を進める。
ガスマスクの効果時間も少ない。恐らく、五分切っとる。
気絶を見届ければ、すぐにでも、離脱せにゃあいけんかった。
「……」
問いに対し、ジェノは何も答えんかった。
驚くほど静かで、死を悟っとるようにも見える。
(あっけない幕切れじゃのぅ。もう少し抵抗するかと思ったが……)
横目で経過を観察しながら、その時を待つ。
自ら手を下さないせいか、心は落ちついとった。
前みたく、メンタルを取り乱したりはせんじゃろう。
起こる事象を見届けるだけ。それ以上も以下もなかった。
「期待に応えたいところですが、俺は変わったんです」
しばしの沈黙の末、ジェノが口にしたのは強気な言葉。
どんな手を使っても生き延びたい。そんな強い意思を感じる。
「口だけならいくらでも言える。具体的には何をするつもり?」
遅れてやってきた、彼らしい反応。
不思議と何かをやってのける気がした。
敵でありながら、逆境を覆す瞬間が見たい。
気持ちは浮つき、奇策に期待する自分がおった。
その期待通りに、ジェノは策の全貌を語り始める。
「一酸化炭素には、引火性がある」
全身の血の気が引き、背筋が凍りつくのを感じた。
彼の手には自動拳銃があり、銃口は天井に向いている。
引き金には指がかかり、いつでも撃てる状態になっとった。
ここで撃てばどうなるか。深く考えるまでもなく結果は明らか。
「無理心中でもする気? 生き残れる確率は……」
影響範囲は制御室のみならず、高炉周辺にまで広がるはず。
被害が及ぶ対象は、高炉でのゴタゴタに関わっとる関係者全員。
博打にもほどがある。正気とは思えん、ぶっ飛んだやり方じゃった。
「ライフがあれば、プレイヤーは死なない。……試してみる価値はある!!!」
一度やると決めたら、この子は止まらん。
目的を遂行するための、唯一の手段に打って出る。
引き金が人差し指で引かれ、撃鉄が叩かれる瞬間が見えた。
(どうして、予想できんかったんじゃろ)
策が実行される、ほんのわずかな時間。
止められたはずの銃口を見つめ、思考に耽る。
彼の語る一言に、可能性を感じていたからじゃった。
(いいや、思いついたところで、やるとは思わんね……。彼以外は……)
短い時間の中で、疑問に答えを出す。
ストンと腹落ちしたような感覚があった。
これまでと、これからのことが定まった感じ。
その次の瞬間、制御室は火の海に包まれていった。