第60話 バトルフラッグ⑩
暗闇の中、パイプを伝い、通路に出る。
網目状の足場。簡易的な手すりが両側にある。
それを頼りに慎重に歩みを進め、二人はたどり着く。
「「……」」
製鉄所内、高炉制御室前。
赤いランプが点灯する主要施設。
敷地面積は、おおよそ300平米ほどある。
一階建てのキューブ状で、複数のパイプと接続。
隣接する高炉と繋がっており、無機質な外観をしていた。
「開いて、ますネ……」
蓮麗は錆びれたハンガードアを前に語り出す。
扉はスライド式で、人が一人通れるほど開いていた。
中からは赤い光が漏れ出て、怪しげな雰囲気を発している。
「読みが当たったかもですね。気を引き締めていきましょう」
ジェノは情報を前向きに受け止め、進もうとする。
「罠……だったら?」
その歩みを、蓮麗は言葉で止める。
状況から考えれば、起こり得る可能性の一つ。
「どうにかしますよ。修羅場には慣れてるので」
返ってきたのは、自信ありげな一言。
伝わらない根拠と共に、二人は足を進めた。
◇◇◇
高炉制御室。メインコントロールルーム。
赤い光に導かれ、足音を殺しつつ、忍び込む。
そこには大量のデスクやモニター、制御盤が並ぶ。
周囲に人影はなく、低く唸るような機械的な音が鳴る。
電灯以外に異常は感じられず、比較的静かな場所と言えた。
(おかしいな……。静かすぎる……)
それがむしろ、怪しく思えてくる。
現在、高炉は何らかの影響で停電中だ。
本来なら、ブザー音が鳴っててもいいはず。
(やっぱり、蓮麗さんの言う通り……)
足を踏み入れるごとに、緊張感が増していく。
罠の影が、徐々に色濃くなっているように感じた。
「嘘だろ、オイ……」
そこに聞こえてきたのは、蓮麗の小言。
声に釣られ、彼女がいる方向に視線を向けた。
「そう、きたか……」
すぐに状況を理解し、色々と察する。
視線の先にあったのは、モニターと赤旗。
画面に表示されている文字は遠くて読めない。
問題は、これみよがしに旗が置かれていることだ。
――見るからに、罠。
単なる予想を超え、100%に限りなく近い。
質の悪いネズミ捕りを見ているような感覚だった。
「一端、引いた方がいいと思いますヨ……」
蓮麗は声のトーンを落とし、耳元で忠告する。
あんなあからさまな罠にかかる人間の方が少ない。
彼女の言い分には、正当性しかなく、筋が通っていた。
「ですね。蓮麗さんは先に引いちゃってください」
特に議論することもなく、結論を告げる。
彼女に抱いた『駒』という認識は変わってない。
むしろ、駒と思っているからこそ無駄にできなかった。
「……まさか、一人で確認するとか言いませんよネ?」
すぐに違和感に気付き、蓮麗は尋ねる。
「そのまさかです」
事実だけ伝え、返事を聞かずに直進する。
あの罠を作ったのは、NPCとは考えにくい。
確実にプレイヤー。だからこそ、勝算がある。
少なくとも相打ち以上に持っていく策もあった。
「…………」
たどり着いたのは、広めのデスク。
モニターがいくつも連なっている場所。
当然、足を寄せたのは赤旗があるモニター。
餌を手に取る前に、画面に浮かぶ字を確認する。
――― Газоанализатор ―――
Сенсор:Оксид углерода (CO)
Текущее содержание:1200 ppm
Уровень предупреждения:жизненный кризис
Состояние: Обнаружено отклонение
Требуется действие.
――――――――――――――――――――
書かれているのは、ロシア語だった。
だけど、なんとなく内容は理解できる。
高炉で問題が発生し、有害物質が出てる。
見るまでもなく予想できた類のものだった。
「……動かんで」
そこで響いたのは、聞き覚えのある声だった。
スナイパーライフルの銃口を向け、警告している。
顔にガスマスクを着けていたけど、正体は丸わかりだった。
「罠を張ったのはあなたですか。広島棟梁……」
相手は、継承戦から因縁が続く相手。
決着をつけに来たのは、向こうも同じだった。