第58話 バトルフラッグ⑧
高炉には、ベルトコンベア用の通路があった。
地上から高炉の最上部まで通じる、長い斜面だ。
トンネル状に道が続き、等間隔に窓が設置される。
「……」
ジェノは歩みを進めつつ、窓の外を眺める。
停電が続いているせいで、視界は極めて悪い。
窓の下は真っ暗闇。高さは目視で確認できない。
そこから目線を上げると、赤く光る施設が見えた。
キューブ型で、高炉沿いの大規模な足場の上に建つ。
(恐らく、あそこに……)
ドクン、と撃たれた左胸辺りが疼くのを肌で感じ取る。
停電後、狙撃手が移動したか滞在したかは、今のとこ不明。
ただ、追っている以上、遅かれ早かれ、修羅場になる気がした。
「あの……いつまで進めばいいでしょうカ?」
すると、背後から聞こえたのは、蓮麗の声だった。
どう見ても年上なのに、下手に回る態度を続けている。
――敬語を使う理由は、仕事柄。
ディーラーは恨まれやすく、敬語が安牌。
そう聞かされてはいるものの、どうも嘘臭い。
慎重に探りを入れようとしたけど、邪魔が入った。
聞き返せる空気感じゃないし、後回しにするしかない。
「上がるのは終わりです。次は……」
ピタリと足を止め、ジェノは近くの窓を開いた。
ムワッとした熱気が入り込み、気温がさらに上昇する。
不思議と嫌な暑苦しさはなく、むしろ、心地いいまであった。
「天哪……你有病啊?」
しかし、返ってくるのは冷めたい中国語。
詳しい意味までは分からないけど、大体伝わる。
おいおい嘘だろ、頭イカレてるのか。みたいな感じだ。
「――かもしれませんね」
あてずっぽうで返事をし、飛び込んだ先は、窓の外だった。
◇◇◇
高炉制御室内、女性職員用更衣室。
手狭な空間に並ぶのは大量のロッカー。
外からは、けたたましいブザー音が鳴り響く。
「……アレ、放置しとってもええの?」
バタンとロッカーを閉じ、広島はこもった声で問いかける。
顔には黒いガスマスクを装着し、異常事態に対策を講じていた。
「問題なし。今のアタシたちには、当分、無害だからねん」
同様の装備をつける、バグジーの声音は柔らかい。
勝ち誇ったような笑みを見せ、快く会話に応じていた。
「マスクの有効時間は約十五分。根本の解決にはなっとらんけど?」
広島は口元をトントンと叩き、疑問点を告げる。
そこにはフィルターがあり、有害ガスをろ過する。
異常事態を耐え得る装備だが、時間的制約があった。
「もちろん、ここからが本番」
踵を返し、背中を向け、バグジーは変わらぬトーンで語る。
その先は更衣室出口。ひいては、コントロールルームに繋がる。
「あぁ……回りくどいのぅ。ハッキリと言うて」
思考を巡らそうとするも、すぐさま放棄。
眉間を手でぐっと抑えながら、広島は続きを促す。
「坊やと決着をつけるわ。十五分以内にね」
対しバグジーは、渋い声音で目的を告げる。
その手には、一本の真新しい赤色の旗を持っていた。