第56話 バトルフラッグ⑥
製鉄所内。照明機器が突如として一斉に消灯。
予期せぬ停電が訪れ、ベルトコンベアは停止した。
高炉から漏れ出る熱が、辺りをかすかに照らしている。
「…………」
ジェノは目を凝らし、右手の甲を見つめる。
そこに浮かんでいたハートがフッと消えていく。
――残るハートは一つ。
次、銃弾が命中すれば、ゲームオーバー。
命は取り立てられ、悪魔側に堕ちることになる。
「逃げるべきですヨ! 今の内に……っ!」
暗闇の中、聞こえるのは蓮麗の声だった。
二射目を警戒し、自分事のように焦っている。
(まぁ、それが普通の反応だよな……)
彼女の気持ちは分からなくもない。
パートナーを失えば、生存率は下がる。
生きることを優先すれば、当然の考え方だ。
「いいえ。ここは距離を詰めます。黙って付いてきてください」
ただ、こちらの考えとは真逆だった。
一方的に結論だけ告げて、行動を促した。
恐らく、一から十まで説明できる時間はない。
ついてくる前提で銃声がした方へ移動を開始する。
「……」
しかし、響く足音は自分のものだけ。
蓮麗は動かず、その場でとどまっている。
(説明が足りないか。面倒だな……)
心の内に生じるのは、後ろ暗い感情。
切り捨てるか、説得するかを天秤にかける。
重要なのは、時間をかける価値があるのかどうか。
己の利益を最優先にして、現状においての最善を考える。
(仕方ない。向き合うか……)
すぐに自分の中の答えを出し、足を止める。
「一つだけ質問を受け付けます。何が聞きたいですか?」
そして、逸る気持ちを抑え、問いかけた。
彼女に付いてきてもらえないと、勝算は薄い。
説得は必須。かといって、時間の浪費はできない。
だから、上限を設けた。一つぐらいなら、許容できる。
それもどうせ、詰める理由か、詰めた後を聞かれるだけだ。
その疑問が解消されれば、今度こそ黙って従ってくれるだろう。
「……我を、人として見てるのか、駒として見てるのか、どっちですカ?」
ただ、返ってきたのは、予想してなかった問いだった。
詰める説明をするより、遥かに工数が少なくて済みそうだ。
「それは、もちろん……都合のいい駒ですよ」
これで納得するなら、時間を割いた価値はあったかもしれない。