第53話 バトルフラッグ③
カンカンカンと、格子状の床を叩く音が鳴る。
自動拳銃を下手に構え、周囲を警戒しつつ、先に進む。
足元には製鉄用の釜のようなものと、ベルトコンベアが見えた。
辺りはサウナのように蒸し暑く、汗がジワリと湧き出てくるのが分かる。
「……少し、休ませてもらっても、いいですカ?」
暑さに参ったのか、後方から声をかけてきたのは、蓮麗。
その手に握っているのは、ドイツ製の自動拳銃。マカロフPM。
黒色のフォルムに、茶色のグリップで、サイズはかなりコンパクト。
装弾数は八発。予備のマガジンは二つ。道中に落ちていた収集品だった。
「我慢してください。ここで休んだら、的になりますよ」
前方にいるジェノは、歩みを止めずに告げる。
手には、改造が施されたグロッグ17を持っていた。
「…………もう無理。限界なんヨ」
忠告に従わず、蓮麗は溶けるように膝を崩し、その場で屈む。
明らかにスタミナの限界。今の彼女に無理強いするのは酷かもしれない。
「仕方ないですね。少しだけですよ」
渋々了承し、ジェノもその場に屈み込んだ。
正直に言えば、休憩したい気持ちは同じだった。
ここに来てから、常に狙われてるような感覚がある。
気を張り過ぎるせいで、体の疲労感が半端じゃなかった。
とはいえ完全に気を抜けるわけもなく、周囲の警戒は続けた。
「「………………」」
特に雑談に興じることもなく、沈黙の間が続く。
ペラペラと話せば、位置が特定される可能性がある。
相手は全く知らない人だし、むしろ、自然な流れだった。
「……あの、どうして俺なんかに、敬語を使うんです?」
ただ、二人きりで話せる、またとない機会。
ジェノは声のトーンを落とし、話を切り出した。
「それは……仕事柄ですネ。カジノのディーラーは、ただでさえ恨まれやすい職業。舐めた態度を取れば、敵を作るだけですカラ、年下相手でも分け隔てなく、敬語を使うのが無難だと考えておりますヨ」
独特なイントネーションで、蓮麗は語った。
内容に破綻も矛盾もなく、一見、筋は通ってる。
ただ、どうも引っかかった。模範解答感が拭えない。
本命を隠蔽するためのカモフラージュのような気がした。
「半分は事実でしょうが、それだけに思えません。……俺の何を知ってる」
トーンを落とし、脅すように語りかける。
意思の力は使えないし、襲う気はサラサラない。
ただ強気な態度に出れば、ボロを出す可能性があった。
「何も知りませんヨ。今日会ったばかりの殿方。面識は一切ありませんネ」
蓮麗は両手を上げ、シラを切っている。
もっともな反応だったけど、どうも胡散臭い。
(念のため、もう少し強めに探ってみるか……)
気が進まなかったけど、向けるのは銃口。
引き金に指をかけ、柄にもない態度で言った。
「隠し事があるなら先に話せ。素直に従えば、悪いようには――」
痛まない胸に違和感を覚えつつ、脅し文句を口にしようとする。
「あ……」
しかし、相手はバツの悪そうな表情を作っていた。
脅しが機能しているかとも思ったけど、違う気がする。
もっと別の要因。隠し通すよりも重大な問題が迫った感じ。
(何が……)
自然と彼女が向ける視線に釣られてしまう。
見えたのは、赤い照準。場所は、こちらの左胸。
置かれている状況から考えれば、すぐに察しがつく。
「…………危ないネ!!!」
直後、鬼気迫る蓮麗の声が聞こえると、遠方からは銃声が鳴り響いた。