第50話 調停
エレベーターの扉が開くと、視線が一斉に集まる。
大半がセンスを纏い、修羅場になる一歩手前の状態。
こうなった理由も、経緯も、勝負の内容も、一切不明。
ただ、タイミングだけは悪くない。そんな気がしていた。
「……今の状況を、誰か簡潔に教えてくれませんか?」
ジェノは一切の物怖じをせず、堂々と発言する。
危機感や恐怖心の欠如。失敗するリスクを考えない。
戦局を左右する一言だと理解しながら、一歩前に進んだ。
「「「「「………………」」」」」
しかし、返ってきたのは深い沈黙だった。
責任を取れない。余計なことは喋りたくない。
修羅場を潜った経験が足を引っ張り、空気を読む。
大人の悪知恵だ。均衡が崩壊するリスクを恐れている。
立場のある人が多いから、生半可な覚悟じゃ動けないんだ。
(困ったな。これだと仲裁のしようがないんだけど……)
ある程度の状況を察した上で、途方に暮れる。
揉めているのは明らかだけど、情報が少なすぎる。
せめて、誰と誰が敵対してるかだけでも知りたかった。
「発端は、そこの中国人含めた、後入りの五人。ルールを無視して、いざこざを起こそうとしたっす。狙いは、この階の勝利報酬『一人用特急権』だったっすけど、所有者が放棄。宙ぶらりんの状態でジェノさんが現れたって感じっす……」
空気を読まず、語り出したのはメリッサだった。
必要最低限の情報だったけど、おおよそ理解できた。
かなり端折った可能性もあるけど、聞く限り犯行は未遂。
――これならどうにかなりそうだ。
「ありがとう、メリッサ。……まずは、自己紹介といきましょうか。お姉さん」
次なる標的を見据え、ジェノは声をかけ、揉め事の調停が始まった。
◇◇◇
簡単な挨拶を済ませ、双方の言い分を聞いた後。
「……つまり、マカオの地を荒らすニワカ共に鉄槌を下したいと?」
蓮麗の動機を要約し、ジェノは確認する。
「はい、そうですネ」
驚くほど従順な相手は、素直に認めた。
それも、異様に腰が低く、敬語を使ってる。
事前に聞いていた印象とは、まるで違っていた。
ちゃんと話せば分かってくれるタイプかもしれない。
「だったら、ルール外じゃなく、ルール内で決着をつけませんか」
切り出すのは本題。彼女の憂さ晴らしを解消するプラン。
「それは……タイムズルーレットで徹底的に殺し合えと言うことでしょうカ?」
蓮麗がたどり着いたのは、一つの答え。
話の流れから考えたら、何も間違ってない。
ただそれは、冥戯黙示録による、思考のロック。
あらゆる可能性を考えない、短絡的な考え方だった。
「いいえ。勝負をつけるのは、一つ上の階。必ずしも殺し合う必要はありません」
確信を持って、ジェノは本題を切り出す。
先に進める手段は、特急権だけじゃなかった。