第47話 敗北の真相③
「……以上が顛末だ。蓮妃からは、メモを預かってる」
ルーカスは一連の出来事を語り、 手には数枚の紙切れ。
細工した痕跡はなく、どこにでもありそうなメモ用紙だった。
「――」
メリッサは手を伸ばそうとするも、途中で止まる。
一瞬の戸惑い。中を細工されたんじゃないかという疑い。
周りにいる観戦者たちも、口裏を合わせているような気さえした。
「安心しな。中身を読むほど無粋じゃねぇよ」
心情を知ってか知らずか、ルーカスは前置きを挟む。
手紙を読み終えるまで、この場から去る気はないらしい。
見かけ以上に優しい。蓮妃に対するリスペクトも感じられた。
「……彼に偽装工作するメリットがない。読んでやってもいいんじゃないか?」
肩に優しく手を置き、促してきたのは閻衆だった。
しんみりとした空気が満ち、悪意的な気配は感じない。
「分かったっすよ。そこまで言うんだったら……」
渋々とメモを受け取り、背中を向けて、開く。
そこに書かれる文字を、一言一句、丁寧に眺めた。
――――――――――――――――――――――――
我に残された時間は限られているよ。
単刀直入に、本題だけ書かせてもらうね。
我が過去に戻れることは、例のアレでほぼ確だったね。
冥戯黙示録の開催が分かった時点で、結果が見えていたよ。
勝とうが、負けようが、どうにでもなるような気がしていたね。
ただ、詳細が分からない以上、一抹の不安もあった。
だから、賭場に誘った。微塵も悪いとは思っていないね。
そもそも、無理強いしたつもりはないから、そこはお互い様。
責任感も罪悪感もなく、流れに身を任せて、ゲームを進行したよ。
危機感を覚えたのは、悪魔チンチロの時。
厳密に言えば、メリッサがオールインした後。
強固だと思ってた足場がグラつく感覚があったね。
我のせいで、仲間を殺すかもしれない。そう思ったよ。
実際、賭場に誘わなければ、起こらなかった、命の綱渡り。
結果が確定してる我はよくても、メリッサの生死は分からない。
自分のこと以上に、勝負がもたらす結果が心配で仕方がなかったね。
そこで考えたのが、交友関係の破壊。
正直言えば、あそこで心が折れて、帰ってほしかったね。
なんせ、上の階では、どんな賭けが行われるか分からない。
身内同士での強制勝負が行われる可能性も十分あったからね。
でも、これを読んでるってことは反対の結果。
馬鹿みたいに這い上がり、更に上を目指すんだろ?
リスクや不測の事態を極端に嫌う、我とは正反対の性格。
そんなメリッサが好みだったよ。
いつだって、今の我にできないことを簡単にやってのける。
昔の尖ってた頃の自分を思い出すようで、居心地が良かったね。
立場や肩書き、子供ができても、我みたいに保身に走ったら駄目よ。
現状維持は衰退の一途を辿る。
いつまでも、挑戦者の気持ちを忘れないで欲しいね。
今のメリッサなら、我なしでも輝ける未来が待ってるはずよ。
それと、最後になったが、仲を引き裂いてごめんね。
ジェノに関しては、正直言って、ただの濡れ衣だったよ。
関係を戻したいと言えば、あの少年なら分かってくれるはず。
過去の世界で、メリッサの武運を祈ってるよ。
もし、我の子孫に会ったら、よろしくやって欲しい。
悪魔と例のアレの管理に関しては丸投げするから頼んだよ。
じゃあね。
メリッサがいたおかげで、現代も悪くなかったよ。
蓮妃より。
――――――――――――――――――――――――
短い文章の中に込められていたのは、素直な感情だった。
難しい言葉や、堅苦しい表現、拝啓、敬具なんてものはない。
正直な気持ちを飾らずに伝える。その心遣いが節々に感じられた。
「……っっ」
枯れたはずの涙が、また溢れてくる。
もう会えないと思うと、胸が苦しくなった。
全身の力が抜ける感じがして、立っていられない。
膝を崩して、ぺたんと地面に座り、紙切れを握りしめた。
――ただの文字。
そう頭で分かってはいても、違う。
蓮妃が遺していった、最後の成果物。
自分にとって特別なものになっていた。
「遺言は伝わったみてぇだな。他に聞いておきたいことはねぇか?」
背後から語りかけてくるのは、ルーカスだった。
ここまで面倒見がいいのは、恐らく、責任を感じてる。
彼女の未来を奪ったことへの償いをしてるつもりなんだろう。
良くも悪くも、ゲームのルール上で蓮妃を殺したことは変わらない。
「…………最後は、どっちの弾を撃ったんっすか?」
タイムズルーレットのルールは、すでに聞いている。
その上で気になるのは、蓮妃にとどめを刺した弾丸の種類。
実弾か遡行弾。どちらを撃ったかで、結末が変わるような気がする。
「あぁ、それなら――――」
質問に対し、ルーカスは快く答えようとした。
その時、鳴り響いたのは、エレベーターの到着音。
場にいる全員の視線は、一斉に同じ方向に向いていく。
返事は止まり、開かれる扉。そこに乗っていたのは、五人。
そのうちの一人が一歩踏み込んで、息を大きく吸い、口を開く。
「全員、その場で降伏して、チップを引き渡すネ。じゃないト……殺すヨ」
見覚えのある女性の登場。受付にいた口の悪い人物。
黒服に黒髪に赤メッシュが入った、女豹の目つきをした女。
最初はなんとも思わなかったけど、今となっては印象が変わった。
(蓮妃の子孫、っすね……)
半ば確信を以て、それを見つめ、メリッサには新たな困難が襲い掛かった。




