第46話 敗北の真相②
行われるのは、タイムズルーレット。
蓮妃とルーカスが繰り広げる最後の勝負。
卓にはリボルバーが置かれ、弾丸は装填済み。
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再装填完了。
蓮妃:♡♡♥。先攻。
ルーカス:♡♡♡。後攻。
ターン2。実弾二発。空砲二発。遡行弾二発。
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卓上の液晶には、ゲームの進行具合が表記される。
遡行弾の価格は、本勝負開始時点での所持チップ50%。
二発分を購入した蓮妃は、チップ100%を消費している状態。
『冥戯黙示録』では、チップが0枚になれば、命は取り立てられる。
ただ、本勝負のルールとして、命の取り立てはターン終了後に行われる。
――ゲームの仕様上、次のターンは存在しなかった。
「未来が駄目なら過去……。頼みの綱は『遡行弾』ってか。哀れだねぇ。特殊弾を購入したターン内に勝利できれば、チップが払い戻されるが、実弾は二発。俺のライフが削られることは100%あり得ねぇ。……つまり、この時間軸での勝負は諦めたってわけだ。負け犬の思考だな。ワンワン吠えてんのはそっちじゃねぇか?」
ルーカスは、上から目線で現状を整理する。
彼はチップを80%消費し、爾後弾で未来を見た。
本ターンでルーカスが勝利し、蓮妃が敗北する光景。
勝利をゴールと定めたのなら、圧倒的優位は揺るがない。
「……勝つことだけが正しいとは限らナイよ。軸は常に複数アルね」
蓮妃はリボルバーの撃鉄を起こし、言った。
やけになったわけでもなく、諦めたわけでもない。
彼女なりのゴールに目を向けて、突き進もうとしていた。
「俺には分からねぇ思考回路だな。……ま、さっさと始めてくれや」
互いに考えが相容れることなく、会話は終了。
次の行動は、先行の蓮妃に託されることになった。
選べるのは、相手を撃つか、自分を撃つか。この二択。
その結果により、攻守が継続するか、交替するかが決まる。
――対応する結果は四つ。
・相手に撃つ。実弾=攻め継続。
・相手に撃つ。空砲=攻め交替。
・自分に撃つ。実弾=攻め交替。
・自分に撃つ。空砲=攻め継続。
勝負が有利になる結果が出れば、攻め継続。
勝負が不利になる結果が出れば、交替する仕様。
ただし、特殊弾が選出された場合は、事情が異なる。
「言われなくても、やってやるね――」
蓮妃は銃口をこめかみに当て、引き金を引く。
ダンと発砲音が鳴り響き、灰色の弾丸が発射される。
――遡行弾。
命中した相手は、1ターン前に遡ることができる。
減った分のライフは回復し、チップは減算されたまま戻る。
蓮妃の思惑通りに事が進み、有利にゲームが進んだように思われた。
――しかし。
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自爆により、攻守交替。
遡行弾は過去に持ち越し不可のため、
二発目が使われたと同時に効果が適用されます。
ルーカス:♡♡♡。後攻。
蓮妃:♡♡♥。先攻。
ターン2。実弾二発。空砲二発。遡行弾一発。
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特殊弾は、実弾扱いと判定される。
自身に有利となる効果でも、攻守は替わる。
さらに、説明のない仕様が蓮妃を不利に追い込んだ。
「考えが甘かったな。てめぇの番は、もう二度と回ってこねぇよ」
未来を知るルーカスにとって、この結果は織り込み済み。
弾倉の配置も把握しており、蓮妃が敗北する未来は確定的。
生殺与奪の権は彼に握られ、死に方も選べない状態にあった。
「……ふっ。ふふっ。はははっ。そうか。そういう仕様だったか」
そんな絶望的な状況の中、彼女は笑っていた。
何を思い、何を考えて、どうして笑うに至ったのか。
彼女にしか理解できないからこそ、他人の目にはこう映る。
「気色悪ぃな。気でも狂ったのか?」
自分の常識から外れた存在を、好意的に思う人は少ない。
批判し、相手を理解しようとせず、自分が正しいと主張する。
切り捨て型の思考。自分が信じたいもの以外を見ようともしない。
ただ、切り捨てられる人間の多くは、強固な『自分軸』を持っている。
「狂気こそが大義を成す。狂ってなければ、天下統一しようなんて考えナイね」
普通や常識に囚われれば、発想力や行動力も弱まる。
奇抜な考えが浮かんでも、理性が拒絶して、実行しない。
ただ、時代に変化をもたらす人間は大抵、常識の外側にいる。
それが世界の新しい常識になった時、初めて人は存在を認知する。
「さすがは始皇女帝様ってか。重みが違うねぇ。……ただ、あんたは時代遅れだ」
ルーカスはリボルバーを握り、撃鉄を起こし、銃口を向けた。
どれだけの議論を重ねようと、逃れようのない現実が押し寄せる。
肩書きが通用しない、現代の始皇女帝が取れる行動は、限られていた。
「…………」
蓮妃は真剣な表情を作り、その場で跪いて、首を垂れる。
最上級の謝罪表現であり、位あるものにとって最上級の屈辱。
現代で過ごすほど肥大化しつつあった、誇りと矜持を捨てていた。
「おいおい……。何かするとは思ったが、そんなもんで手心は加えねぇぞ」
ただ、ルーカスにとっては、なんの価値もない。
命を奪い合う勝負な以上、耳を貸す理由がなかった。
勝ちを譲ってしまえば、自身の命を差し出すことになる。
ただ、蓮妃としての狙いは、過去の時代に戻ることにあった。
追い詰められた状況の中でも、願いが実現する可能性は残される。
――二発目の遡行弾。
運が良ければ、元の時代に遡ることができる。
跪いて、嘆願するなら、遡行弾の交渉が必要不可欠。
未来を知るルーカスなら、意図して撃つことが可能だった。
――交渉における争点は勝敗と時間軸。
遡行弾を撃った上で、現在のルーカスが勝つかどうか。
過去に遡行することで、未来が変わるなら、リスクになる。
一方で、現在と過去が別の時間軸として扱われるなら問題ない。
彼女の目的を叶えるための議論なら、それらの説明する他なかった。
「お願いするよ。死に方は諦めるから、メリッサに謝る機会を与えてくれナイか」
ただ、その前提を裏切り、蓮妃は狂った行動に出る。
それが、予期された未来だったのか、想定外だったのか。
爾後弾で1ターン先の未来を見た、ルーカスのみが知っている。