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賭博師メリッサ  作者: 木山碧人
第七章 マカオ
45/156

第45話 敗北の真相①

挿絵(By みてみん)




 ザ・ベネチアンマカオ地下20階。撃鉄の間。


 壁際に配置されているのは、複数台の電光掲示板。


「……」


 ルーカスはタッチパネルを操作し、レシートを発行。


 一人用の特急権を片手に持ち、エレベーターへと向かう。


 現時点で到達者は誰もおらず、一番乗りに最も近い男だった。


「……待つっす。うちと勝負してくれないっすか」


 そこに待ったをかけたのは、メリッサだった。


 瞳に涙を滲ませながらも、声には熱をこもらせる。


 ――亡き友のため。


 ただ、殺されたわけではなく、互いに納得する賭場で負けた。


 その事実を理解するからこそ、彼女の理性には歯止めがかかっていた。


「復讐か? 気持ちは分かるが、勘弁してくれ。乗ってやる理由がねぇ」


 ルーカスは会話に応じるも、声音は冷めている。


 一瞥をくれた先には、赤いチャイナ服が落ちていた。


「だったら、力ずくでも……」


 やり切れない怒りが、メリッサの心を曇らせる。


 勝負の経緯や人としての道理を無視して、頼るのは暴力。


 場は剣呑な空気に満ち、観戦者たちは哀れみの視線を向けていた。


「やめろ……。彼女は望んで敗北を選んだ……」


 経緯を知るベクターは、言葉で止めた。


 深く語らないルーカスに代わり、擁護する。


「はぁ? んなわけが……。蓮妃には負けられない理由があったんすよ!」


 白スーツの襟を掴み、憤りをぶつける。


 観戦者の言葉だけでは、決して埋まらない溝。


 ――過去に帰りたい。


 蓮妃の事情と熱量を理解するからこそ、納得がいかない。


 諦めて敗北を選ぶわけがないと、メリッサは高を括っていた。


「負けることで願いが叶うとしたら、どうする……」


 抵抗する素振りもなく、淡々と語られる。


「……っ!?」


 襟を掴んだ手が緩み、徐々に力が抜けていく。

 

 願い。その言葉にメリッサは、思い当たりがあった。


『……願いを認証。悪魔界と人間界の接続規制の緩和。その結果、実現する』


 ダンジョン最下層近くにいた未知の存在、パンドラ。


 それに蓮妃が過去に戻りたいと願い、実現を確約された。


 結果として、低級悪魔のみ往来が可能だった接続規制が撤廃。


 最上位悪魔の往来も許されたことで『冥戯黙示録』が開催された。


 蓮妃は勝ち進み、悪魔の使役権を得て、実現するものだと思っていた。


 ――しかし、負けて叶うならどうか。


 勝負のルールを抜きにして、メリッサは考える。


 自分がもし、蓮妃の立場だったら。それだけを念頭に置く。


「それなら……やるかもしれないっす……」


 掴んだ襟を放し、至った結論を力なく語る。


 ルールを知らないなりに理解しようとしていた。


「分かったんなら、もう絡まねぇでくれ。恨まれるのは……お門違いだ」


 止めた足を再び動かし、ルーカスは歩みを進める。


 望んでいた敗北。異を唱える余地も、怒る理由もない。


 残されているのは、メリッサが内に秘めている個人的感情。


「……………………うっ、うっ」


 瞳からは、とめどない雫がこぼれ落ちる。


 パンドラの登場時点で、結末は決まっていた。


 別れる未来は必定。遅いか早いかだけの些細な差。


 ただ、タイミングが悪かった。ほんの少しのすれ違い。


「ここで、あやまろうと、おもってたのに……」


 溢れ出すのは、涙の理由。偽りのない本心。

 

 わだかまりが解消されることなく、胸に残り続けた。 


 ◇◇◇


 エンパイアステートビル崩壊騒動が収まった後のこと。


 わだかまりのきっかけになったのは、第三者の一言だった。 


「俺……メリッサのチームから抜けるよ。理由は聞かないで」


 これまで行動を共にしていた、ジェノの突然の離脱。


 去り際の背中すら見つめられず、メリッサは立ち尽くす。


 理由が分からないせいで、上手く感情の整理がつけられない。


「ちょうどイイね。不穏分子は消えてくれた方がありがたいよ」


 追い打ちをかけるように、蓮妃の厳しい言葉が投げかけられる。


 それに耐えられるほど、我慢強くも、人生経験が豊富でもなかった。


「……元はと言えば、理論がどうこう言い出した、蓮妃が悪いんじゃないんすか」


 行き場のない怒りは、別の人間に向けられる。


 闘宴の間の道中で話題になったのは、ゲーム理論。


 敵味方問わず恩を売り、利用し、用が済んだら裏切る。


 その理論に、ジェノが当てはまっていると、蓮妃は語った。


 そこから、信頼関係に溝が生じ、亀裂が走り、やがて崩落した。


 責任の一端がないとは思えない。聞かなければこうはならなかった。


「言葉を真に受けて、流れを作ったのはメリッサよ。責任転嫁はやめて欲しいね」


 話半分に聞き流していれば、どうにでもなった。


 でも、思考に混じった以上、どうにもならなかった。


 二律背反。矛盾した二つの命題が頭の中で木霊していく。


 ただ実際はそこまで複雑じゃなく、非を認めれば丸く済む話。


 きっかけは、闘宴の間のチップ一枚分の溝だって、分かっていた。


「いいや……蓮妃が悪いっす。損切りがどうとかも言ってたっすよね」


 それでもメリッサは、非を認められない。


 起こった責任を自分以外の誰かに押し付ける。


 じゃないと揺らいだ心を保つことができなかった。


「あぁ……もうイイよ。謝れないんだったら、ここでお別れね」


 蓮妃は、子供のように声を荒げたりはしなかった。


 ただ冷たく、淡々と、流れ作業のように処理していく。


 ――大人の対応。


 知識では理解できても、経験が浅い。


 知らない。自分なりの解決法が分からない。


 答えを示されているのに、心がそれを拒んでしまう。


「………………」

 

 メリッサは何もすることができず、蓮妃の背中を見送った。

 

 期限は『冥戯黙示録』が終わるまで。仲直りする機会はまだある。


 今はただ、起きた情報を整理して、落ち着いて考える時間が欲しかった。


 ◇◇◇


「何があったか、話してほしいっす……」


 涙が枯れるまで泣いた後、メリッサは語り出す。


 それまでルーカスは、足を止め続けてくれていた。


「あぁ、そのために残ってんだ。よーく聞いてくれ。あいつの生き様をよ」


 過去と未来は交錯し、やがて現在で収束を果たす。


 ルーカスは約束を果たすため、敗北の真相を語り出した。

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