第40話 自由の街⑭
素体が持つ力だけで異能が扱える人類。
『特異体』には、複数のタイプが存在する。
遺伝子の突然変異により生じる、自然発生型。
遺伝子の人為的操作により生じる、人工発生型。
外的要因により遺伝子が作り替わる、融合発生型。
このいずれかに分類され、帝国で問題なのは三つ目。
融合発生型の『特異体』が水面下で広がり続けている。
――千葉薊も漏れなく該当していた。
該当者は髪の色素が抜け、白髪になる傾向が多い。
主な原因は邪遺物。死後の意思が、人を化け物に変える。
(……ごめんなさい、メリッサさん。わたしのためであり、国民のためなんです)
邪遺物『羅刹』を納刀し、心の内で謝罪する。
Vtuberの皮を被ることで許された、人権と肩書き。
薊は業と責任を背負い、風に揺られて、夜闇に消えた。
◇◇◇
目が覚めたら、バグジーが捕まっていた。
手錠をかけられ、閻衆に大人しく補導されている。
道路は封鎖されて、警察たちが黄色の規制線を張っていた。
「うち……今まで何をやって……」
前後の記憶が曖昧で、頭がぼんやりする。
場所は道路脇。そこで気絶していたみたいだった。
「起きたか、新入り。銀行の件は後回しだ。こいつからチップを毟り取る」
こちらに気付いた閻衆は、端的に経緯を伝えた。
閻衆がバグジーを倒した。それで、納得がいく展開。
だけど、どうも引っかかる。何か抜け落ちたような感覚。
「あぁ……今、行くっす」
頭を振るい、違和感を片隅に追いやり、メリッサは職務に従事した。
◇◇◇
自由の街。ニューヨーク市警察署。取調室。
「保釈金はチップ五千枚。期限は24時間以内。払えないなら、敗走確定だ」
閻衆は早速、メタ的に取引を持ち掛ける。
ここの裁判が、どこまで機能してるかは不明。
現実世界と同じ程度か、張りぼてのようなものか。
どちらにしても時間がかかって、上位狙いだと致命的。
問題は、バグジーが何に重きを置いているのかが不明な点。
(悪魔の使役権か、ジルダの所在か。どっちを優先してるか分かるかもっすね)
取引に食い下がるなら、前者。すんなりと諦めるなら、後者。
と考えることもできる。面倒なのは、一括でペイできてしまう場合。
「あら、それなら楽勝ね。もうすぐ、払いに来ると思うわ」
バグジーは想定する中で最悪の答えを提示し、思惑は分からないままになった。
◇◇◇
連邦準備銀行地下。巨大金庫前。
狭い通路に倒れ込んでいるのは、四名。
ルーカス、ベクター、蓮妃、マクシスだった。
「一人につき五千枚なので……報酬は二万枚でお願いしますね」
ジェノは冷めた目で見つめ、淡々と次を見据えていた。
◇◇◇
連邦準備銀行。三階。セキュリティールーム。
そこでは、各階にある防犯カメラの映像が映っていた。
複数ある画面の一つには、地下の騒動の一部始終が再生される。
「…………」
NPCの守衛と職員を倒し、広島はジェノを見定める。
そこでは、鎧袖一触の勢いで侵入者を倒す姿が見られた。
敵はモブでもNPCでもなく、何かしらの達人クラスじゃった。
「こがいな短期間でここまで……」
本来の目的を忘れて、弟子の活躍に見入る。
王位継承戦で手合わせしてから、たった数日。
まるで別人のような、飛躍的成長を遂げとった。
「いや、さすがにあり得ん……。これは……」
だからこそ、違和感に気付いた。
巻き戻し、再生し、口元の動きを見る。
敵が倒れる前に共通して、耳元で喋っとった。
「八百長じゃ……」
広島は一人結果を確信し、善悪の判断は先送りになった。
◇◇◇
連邦準備銀行前。出入口。
放り出されるのは、五名の侵入者。
それを待ちに待っていたハイエナ集団がいた。
「……もしもし。聞こえてる? 聞こえてないなら勝手に治しちゃうよ?」
声をかけたのは、陰気な少年。
背後には、黒服の男女が立っている。
その目的は、治した後。高額の医療費請求。
「悪いとこ全部治してくれると助かるね。チップは一人につき千枚払うよ」
パチリと目を開いた蓮妃は、ハイエナに対応する。
「物分かりがいいね。それなら、話が早い――」
少年が黒のパーカーから取り出したのは、五本の牛乳瓶。
中身は透明の液体。少なくとも、牛乳ではない何かが入っている。
「能力は『天使の接吻』。僕の唾液には治癒力があるんだ」
意気揚々と内容を語り、自由の街での騒動は幕を閉じた。