第38話 自由の街⑬
連邦準備銀行地下。巨大金庫前。
そこは、チップを運搬する用の通路。
横幅約二メートル。天井には不自然な穴。
大して広くない通路に響くのは、足音だった。
「……気をつけるね。あの少年は、土壇場になるほど手強いよ」
一歩踏み込んだ蓮妃は、警告する。
手合わせしたことは一度もなかったね。
ただ、追い込まれた時の姿をこの目で見た。
危険を顧みず、仲間の窮地を救おうとする姿勢。
機転を利かせて、不利な状況を覆せるだけの対応力。
肉体面はともかく、精神面はあの時点で完成されていた。
侮る理由はないね。心が折れないやつはどんな分野でも強い。
「知っとるよ。片鱗は悪魔チンチロで見ておるわ」
金の義手の関節を鳴らし、マクシスに宿るシェンは言う。
互いの見解は同じ。あの悪魔よりも、あの少年の方が手強い。
直接、口には出さなくても、空気と視線がそれを物語っていたね。
「「――――」」
正面にいる悪魔と少年は黙したまま、センスを纏う。
黄色と銀色。問答無用でかかってこいとの意思を感じる。
「「……」」
それに乗っかれないほど、ノリは悪くないね。
計らずして同時に駆け出し、一気に距離を詰める。
間合いは密着。掌底と貫手が少年と悪魔に襲い掛かる。
「――俺らも混ぜてくれや」
「――乱戦もたまには悪くない……」
そのちょうど間に割り込んだのは、銀脚と赤槍。
予期せぬ乱入者。通路の密度が一気に増した瞬間だったよ。
◇◇◇
道路の上空では、赤と黒の光が明滅する。
二刀のククリと、黒の手甲を纏う巨腕の衝突。
鋭い斬撃と、斬撃耐性を得た右拳のぶつかり合い。
行く末を見守るメリッサの目には、ある指標が見えた。
名前:【バグジー・シーゲル】
意思:【1947】
名前:【閻衆】
意思:【3092】
注目すべきは、数値化された意思の差。
閻衆の方が一回り大きく、見るからに優勢。
斬撃も対策済みで、負ける要素が見当たらない。
ただ、引っかかるところが、ないわけでもなかった。
(センスって、数値が全てなんすか……?)
情報を鵜呑みできない気迫を感じる。
バグジーの戦闘力は、底が見えてこない。
表面上の数値は、気休めにしか思えなかった。
「…………ッッ!!!」
状況を見守る中、衝突には進展があった。
閻衆の拳が、数値通り押し勝とうとしている。
(杞憂、だったっすかね……)
アフターフォローを考えつつも、少し気が抜けた。
飛来するククリを潰せば、恐らく、何事もなく勝てる。
「……き、斬り捨て、御免なさい」
一息入れた束の間の瞬間、背後からは女性の声。
スパンと音が鳴り、天地が逆転して、鮮血が飛んだ。
(あ、れ……?)
何が何やら分からないまま、首元が熱くなる。
痛い。と感じるよりも先に、気になるものが見えた。
名前:【千葉薊】
意思:【843】
それは見覚えのある名前だった。
一時とはいえ、ダンジョンを攻略した仲。
適性試験で出会った、吃音症の女性が頭に浮かぶ。
「…………」
逆さに見える視界の中、見えたのは別人。
赤い眼鏡。グレーのハンチング帽。黒髪ロング。
黒い革ジャン、紺のジーンズ。何一つ当てはまらない。
以前と同じだったのは、右手にぎゅっと握った赤黒い刀だけ。
「あんたは、だれ、っすか――」
恨み辛みも痛みも忘れて、疑問の解決を優先する。
答えが返ってくることはなく、視界は真っ暗に染まった。