第37話 自由の街⑫
両手に握り込むのは、二刀のククリ。
バグジー・シーゲルは、今日も心を鬼にする。
「――アナタたちは苦痛でのたうちまわった挙句、降参する」
啖呵を切って、道路を縦横無尽に駆ける。
足音は鳴らしたり、鳴らさなかったりもした。
本命か、フェイントか。悩ます程度に焦らした後。
センスの残滓を漂わせ、気配を殺し、背後に忍び寄る。
「…………っ」
山勘か、実力か。どちらにしても見事。
地面を蹴って、ククリの斬撃を避けている。
こうでなくちゃ面白くない。本題はここからよ。
「――――」
突如、空中に生じるのは、二刀のククリ。
センスにより作られた、見えない斬撃の正体。
意思の力を視認できて、ようやく実体が掴める技。
――夢現四刀流。
実在するククリの斬撃に連動し、発動。
実在しないククリの斬撃が、敵を追撃する。
方向と発動は任意。基本は回避した方向に放つ。
定石通り、メリッサが避けた場所には、十字の斬撃。
「甘ぇんすよ!」
彼女の足元の影が蠢き、身体を引っ張る。
肉体の動きに依存しない、独自の回避運動。
センス産の二刀のククリは空を切って、消滅。
(やるわね。……ただ)
ここまでが一連の流れ。ここからが腕と能力の見せ所。
「――――――――――」
バグジーは、ところ構わずククリを振るう。
生じたのは、無数の斬撃と、手数に応じたククリ。
上下左右、正面背後。ありとあらゆる角度から切り刻む。
「……くっ!!」
対処しきれないメリッサは、全身に裂傷を負う。
致命的な傷は避けつつも、警官服はズタボロの状態。
後一つでも歯車が狂えば、勝負が決まる。そんな瀬戸際。
「オレを忘れてもらったら、困るね!!!!」
絶妙のタイミングで背後に迫るのは、閻衆。
黒いセンスを全身に纏って、右拳を打ちつける。
力任せの一撃。見るからに肉体系で能力はなさそう。
あえて大声を発したのは、注意を引くため、でしょうね。
「当然、織り込み済みよ。……右側にご注意を」
バグジーは左手のククリを空振り、注意を引く。
本命か、フェイントか、どちらから見た右側なのか。
発言も動作も全てが罠。深読みするほど、土壺にハマる。
ただ、最後に行きつくところは同じ。すでに種は撒いてある。
――彼は一度、右腕を切断された。
同じ場所に二度目は来ない。そう考える。
だからこそ、山を張り、左腕にセンスを固める。
飛来するククリを防ぎ、一転攻勢の逆転劇を思い描く。
――だからこそ、出力する先は同じ場所。
「…………っ」
閻衆から見た右側には、ククリが発生する。
振り下ろされた拳を、真一文字に斬り裂く軌道。
予想した通り、左腕側に大半のセンスを集中してる。
(教科書通りって、感じねぇ。意外性のある子の方が好みなんだけど……)
読みが当たって嬉しい反面、落胆もあったわ。
この時期、この組み合わせで戦う機会は二度とない。
せっかくなら楽しみたいし、予想を超えてきて欲しかった。
「――鋼絲牢翳【苧環】」
そこに聞こえてきたのは、メリッサの声。
周囲の影がさっきよりも蠢き、凶兆を知らせる。
(へぇ……。声を張ったのは、詠唱を隠すためか。悪くないわね)
狙いは、聖遺物の起動による糸と影の強化。
起動するためには、詠唱が必要不可欠だった。
ただ、至近距離で、馬鹿正直に詠唱はできない。
――そこで、閻衆をデコイに使った。
作戦通りか、その場のノリなのかは不明ね。
どちらにしても、相手の策が機能したのは確か。
気にすべきは、強化された糸と影が向かっている先。
(問題はこの後。避けないわけにはいかないのよね)
跳躍し、バグジーは思考する。
闘宴の間の最奥で、威力は確認済み。
身体を拘束されでもしたら、敗北が決まる。
別の能力の可能性が高かったけど、回避を優先した。
「――読み通り。避けるなら上だと思っていた」
近くで囁かれるのは、閻衆の声。
頭上には、黒い影を纏った太い右腕。
放ったはずのククリは地面に転がってる。
(巨体、肉体系、斬撃耐性を獲得した拳。……あぁ、たまんない)
追い込まれた状況を理解し、心が躍る。
これは彼の能力を遺憾なく発揮できる場面。
肉体系相手に、センスの量で張り合えば負ける。
それも、フィジカルが強くて、斬撃耐性付与ときた。
まともに打ち合えば、分が悪い。誰が見たってそう思う。
「受けて立つわ。アナタの太いの、アタシにぶちまけて頂戴」
バグジーは不利を承知で、待ち受ける。
単純な力比べ。膂力とセンスと強度の勝負。
技も絡め手もいらない。全部受け止めて、勝つ。
「「――――――ッッッ!!!!」」
互いの意気を乗せたセンスは空中で衝突。
二刀のククリと、斬撃耐性のある肉体系の拳。
異なる光をぶつけ合い、夜の街を激しく照らした。