第35話 自由の街⑩
自由の街。連邦準備銀行、地下。巨大金庫前。
行く手を遮るのは、貴族服を着た黒髪細目の悪魔。
「いつでもいいよ……かかっておいで」
黄色のセンスを纏い、澄ました顔で言った。
能力の詳細と戦闘スタイルは、今のところ不明。
顕在センス量は控えめ。独創世界を扱うから芸術系。
現状の情報を分析して、分かることと言えばそれぐらい。
誘いに乗ってあげたいところだけど、戦うには理由が重要だ。
「その前に確認です。奥には大量のチップがあって、開けられるのは、あなただけ。それで間違いありませんか?」
そこでジェノが行ったのは、前提条件の整理。
的外れだったら、戦うかどうか以前の問題だった。
「理由を重んじるタイプか。……そうだよ。私を倒せば、開けてあげてもいい」
背後の金庫を叩き、悪魔は快く情報を開示する。
彼を倒せば金庫が開き、大量のチップが手に入る。
実にシンプルで、分かりやすく、実益のあるルール。
戦うに足るだけの理由が、間違いなく目の前にあった。
「分かりました。だったら、一つ提案があります」
ただ、学んできたのは、戦う術ばかりじゃない。
ドイツでは、セレーナから交渉の術を叩き込まれた。
敵であっても、互いの利害を一致させる作業が最優先だ。
あくまで戦闘は、交渉が決裂した場合の最終手段に過ぎない。
「聞かせてもらえるかな?」
交渉相手の悪魔は、素直に耳を傾ける。
スタートラインには立てた。後は中身の問題。
「侵入者一人につきチップ五千枚。俺を用心棒として雇いませんか?」
与えられた情報の中から、最適と思った案をぶつける。
直後、ズドンと落雷めいた轟音が、頭上の方から鳴り響いた。
◇◇◇
連邦準備銀行。地下行きのエレベーター内。
辺りは青い光に包まれて、制御盤には電流が走る。
ガタンという音と共に、エレベーターは下降を始めたね。
「……やるならやると言って欲しいよ」
意図を理解し、げんなりした顔で蓮妃は語る。
「演技と生体認証。双方を貫く必要があった。そこで選んだのが雷光よ」
軍服の男は、金色の義手を見せびらかし、言った。
その中身は、能力によって精神が入れ替わったシェン。
エレベーターの外には、軍服の男の身内が二人ほどいたね。
敵を騙しつつ、下階に侵入する。結果だけ見たなら、悪くない。
「一石二鳥か。……まぁ、今回は許してやるよ」
そこで会話は終わり、エレベーターは最下層に到着。
扉が開かれると、見えてきたのは、巨大金庫と悪魔と少年。
一目見て察したね。目的を達するためには、避けて通れない難敵。
「手合わせ願います。……蓮妃さん」
ぺこりと頭を下げ、適性試験の英雄が立ちはだかった。
◇◇◇
連邦準備銀行。一階、エレベーター付近。
地面に横たわるのは、紛れもなくシェンだった。
「恐喝か……思った以上に手荒いな……」
響く雷鳴に、ベクターは反応を示す。
確かに、状況だけ切り抜けば、そう見える。
ただどうも、頭の隅っこで引っかかることがあった。
「玉鏡星、ねぇ……」
七星螳螂拳はパオロの兄貴が使う技だ。
王位継承戦前に、その一部を教えてもらった。
シェンが失神寸前で放つ技には、覚えがあったんだ。
「何か引っかかることでも……?」
訝しむ様子に気付いたベクターは、尋ねてくる。
「あぁ……この爺さんが倒れ際に放った技は、相手との認識を入れ替えるもんだ。方向感覚を狂わしたり、体の不調を相手に移動させることもできる。もしかしたら、それ以上の能力があったかもしれねぇ、と思ってな」
包み隠さず、知り得る情報を全て伝える。
別に隠すようなことでもねぇ。共有は必須だった。
「入れ替えか……安易な考えなら、精神が入れ替わった可能性もあるが……」
「それだ!」
ベクターの回答に、頭の中でピタリとハマるものがあった。
むしろ、それ以外に適切な答えなんかねぇような気がしていた。