第34話 自由の街⑨
ジルダ・マランツァーノ。
未来から来たジェノとラウラの娘。
接触できたのは、去年の夏頃のシチリア島。
『ストリートキング』決勝が終わりを告げた後だった。
『流星と見紛うようなボルド選手の凄まじい蹴りを受け、ジルダ選手は地面へ急直下。ボルド選手の勝利に見えたが、結果は、ダブル、ノックアウト……っ! 第十二回ストリートキング決勝は、まさかの両者引き分けで、幕を閉じ、た……』
武舞台だったギリシャ劇場では、実況の声が響く。
衝突した二名は地面をえぐり、劇場地下の神殿で停止。
実況者が目視をせず、結果を確信したのには、理由がある。
――両選手がつけた黒のゴーグル。
体力と試合進行を管理。実況者も同じ物で情報共有。
AIのガイドと、素人でもセンスを視認できる機能もある。
「引き分けっすか……」
バニースーツを着るメリッサは、語る。
穴が開いた神殿上部には、赤い月が浮かぶ。
ジルダがボルドを殺せば、正気を失って、暴走。
大量の観客を襲い、ラウラが暴走を止めるのが未来。
儀式の条件を満たし、白き神が完全復活するはずだった。
『クエスト失敗。冒険者失格だな』
青年声で語りかけてくるのは、肩に乗る蝙蝠。
聖遺物カマッソソ。目的や素性が一切不明の人物。
発言から察するに、白き神の完全復活がお望みらしい。
「いや、クエストはこれから始まるんすよ」
倒れるジルダを抱え、メリッサは神殿を後にする。
なんの合意もない一方的な誘拐。最低最悪の接触だった。
◇◇◇
シチリア島南部。水中都市ラグーザ。
元々は、内陸にある丘の上の都市だった。
それが、白き神が降らした隕石により、沈没。
シチリア島の南半分が海に沈む中、唯一生き残る。
水深約3000メートルの地点で、被災者は生活していた。
「海に沈む、パンナ、コッタ……」
腕を伸ばし、夢見心地でジルダは目を覚ます。
長い灰色の髪に、童女のような幼い顔つきの少年。
深海魚が描かれる、真新しい青のパジャマを着ていた。
「ミザっ!!!」
起床に反応したのは、長く白い髪をした少女。
黄金色の瞳を両目に宿し、白いワンピースを着る。
名前はミザリー。コキュートスにいた『洞窟男《UMA》』の娘。
メリッサに拾われ、与えられた役割は、ジルダを守ること。
「あなたは誰……? ここはどこ、です……?」
ベッドから起きたジルダの頭上には、吹き抜けの天井。
そこには深海と深海魚。ドーム状に広がる透明の膜があった。
「あぁ、そいつは……俺から説明させてくれ」
問いに対し、答えたのは銀髪の男。
黒のシルクハットを被り、黒スーツを着る。
――名前はジャコモ・ラグーザ。
イタリアンマフィア、ラグーザファミリーの頭を張る。
ミザリーが加入するより少し前に、メリッサに拾われていた。
「…………」
見知った人物を前に、ジルダはこくりと頷く。
ストリートキングの元対戦相手。他人ではなかった。
「俺たちは命をかけてお前を守る。その代わり、未来に帰る手段が見つかったら、未来人は大人しく未来に帰ってくれや。メリッサの姉御が言うには、お前の膨らみ続ける意思の力が暴走すれば、世界どころか、宇宙を滅ぼすらしいからな」
語られたのは、ジルダにとって聞き覚えのある話。
耳を塞いで聞かないようにしていた、恐るべき内容。
決勝で起きた、センスによる集団昏倒事件の延長線上。
「ボクのエゴが宇宙を壊す……」
ジルダは誰よりも真剣に言葉を受け入れ、自らの運命を悟った。
◇◇◇
自由の街。四分割された警察車両が転がる、道路。
両手にククリを持つ赤髪ピエロに、立ち向かう者がいた。
「ジルダを探して、何をするつもりなんすか……っ!」
糸と影を放ち、メリッサは問いかける。
その間にも閻衆は距離を詰め、懐に迫った。
「殺すために、決まってるでしょ。ガンは早めに、切除するべきよ」
バグジーはククリを巧みに扱い、糸と影を切断。
話す内容から考えて、抱える問題を全て知っている。
その回答として、ジルダの殺害は一つの結論でもあった。
「進行する前に治療できるなら、それに越したことはないっすよね!」
負けじとメリッサは、糸と影を飛ばし応戦。
反論も交えて、互いの主義主張は平行線を辿る。
「悪化してからじゃ、遅いのよ。今なら楽に、治せる」
「一人の人間、殺すんすよ。腫瘍とはワケが違うっす!」
「一人の犠牲で八十億人。……いいえ、宇宙を救えるなら手を下すでしょ」
「それが娘でも、やるんすか!? 他に救える手段があるなら待つべきっす!」
戦闘も論争も譲り合うことなく、五分五分の状況が続く。
ただ、今の一言で空気が変わった。地雷を踏んだような感覚。
「――――」
奇しくも、最悪のタイミングで閻衆が右拳を放つ。
何かが起きる。そんな予感がありながら、手を動かし続けた。
「……やるわよ。アタシは『組織』の人間なの。任務なら私情は挟まない」
驚くほど低い声音でバグジーは語る。
同時に、近くに迫った閻衆の右腕は切断。
赤い血が飛び散り、ドスンという音が鳴った。
(今の……どうやって……)
両手のククリは、糸と影に手一杯。
どう考えても手が回らないのに、迎撃した。
「――――っっ。気を付けろ、こいつの能力は!!」
閻衆は鬼。再生能力があるから、致命傷じゃない。
止血しつつある右腕をかばいながら後退し、忠告する。
「……っっっ!!」
聞こえた瞬間に、地面を蹴った。
直後、腹部から焼けるような痛みが走る。
黒服の一部と皮膚を切断され、血が発生していた。
――見えない斬撃。
恐らく、センス由来の攻撃。
意思の力を使えれば、察知できる技。
「夢現四刀流。センスがないアナタには、攻略不可能よ」
バグジーはククリでジャグリングしながら、余裕面で語る。
負けるとは微塵も思ってない、圧倒的強者からの上から目線。
「あぁ……そっちがその気なら、こっちにも考えがあるっす……」
ムカっとする気持ちを抑えつつ、黒服の懐に手を伸ばす。
取り出したのは、黒のゴーグル。ストリートキングの必需品。
『起動を確認しました、マスター。何なりと命令をお申し付けください』
盗聴される心配のない骨伝導により、聞こえるのは機械的な声。
ゴーグルに備わった人工知能。こいつには、画期的な能力があった。
「意思の力。……いや、センスの可視化と、戦術的サポートをお願いするっす!」
メリッサは希望を告げると、見えなかった世界が、見える世界へと一変した。