第33話 自由の街⑧
連邦準備銀行内には、地下行きのエレベーターがある。
地下の保管施設に繋がり、大量のチップが収納されていた。
少年が立つのは、エレベーターシャフトが抜けた先にある屋上。
「――超貫通拳」
五階建ての銀行を縦に貫いたのは、右拳の衝撃。
普段なら拡散してしまう威力を、一点に集中した一撃。
被害を考える心配はなく、効率的に目標への道を切り拓いた。
「…………」
屋上に開いた縦穴。そこにジェノは単身降下する。
エレベーターシャフトから少しズレた換気口を貫く。
侵入を阻む者はなく、この経路は出来上がったばかり。
セキュリティの有無や、邪魔を気にする必要がなかった。
(言われたことを、言われたようにするだけ……)
表情をぐっと引き締め、降下を続ける。
建物五階分の高さに加えて、地下24メートル。
普通の人間だったら、潰れて終わりの致命的な高さ。
「…………」
足にセンスを集中させ、ジェノは難なく着地。
たどり着いたのは金庫の中じゃなくて、その外側。
センスで施錠され、開けられるのは本人だけと読んだ。
「君が一番乗りか……。相手にとって不足はなさそうだね」
巨大金庫前に待ち受けていたのは、悪魔。
黄色のセンスを纏い、首の骨を鳴らしている。
読みが的中したかどうかは、すぐに分かりそうだ。
◇◇◇
鋭いセンスが、建物を貫く感覚があったね。
たぶん、屋上から地下までの道を力業で作った。
大胆で脳筋だったけど、理に適ったプランだったね。
(やられたよ……。その手があったか……)
連邦準備銀行一階で、二人の男をさばきながら、蓮妃は考える。
最短ルートを行ってるつもりが、明確に先を越された瞬間だったよ。
(勢とは利に因りて権を制するなり。戦場は、勢いの見極めが肝ね……)
急転直下の展開に孫氏の兵法の一説が頭に浮かぶ。
視線を送った先には、瀕死級の重傷を負ったシェンの姿。
このまま気絶すれば、一対三の状況。見るからに劣勢だったね。
「よそ見とは――」
「言い度胸してるな……」
その隙間を縫うように、対する二人のギアが上がる。
基礎戦闘力だけでも、百夫長クラス。中堅上位の実力ね。
秘めた能力の内容次第では、それ以上の可能性すらあったよ。
(今じゃナイか……)
諸々の計算をした上で、撤退の二文字が浮かぶ。
シェンを回収して、逃げ切るのが最善のように思えたね。
「よそ見できるぐらい、雑魚ってことね――っ!!」
蹴りと拳を屈んで躱し、机を蹴って、駆け抜ける。
向かった先は、エレベーター付近で倒れた老兵の場所。
サッと回収して、パッと逃げる。そのイメージを思い描く。
「七星……螳螂拳……【玉鏡星】」
しかし、シェンは立ち上がり、攻撃を仕掛けたね。
背を向けているせいで顔色は見えナイが、無事な様子。
螳螂手を使って、敵の義手を絡めとり、引き寄せていたよ。
(杞憂だったみたいね。勢は我らにアルよ)
能力は不明。ただ、起き上がったなら文句なし。
風向きが変わったのを感じながら、背を向けようとした。
「――――動くな」
次の瞬間、背後から這い寄るのは金の義手。
首を絞められ、喉に圧力を加えられていったよ。
――特殊部隊仕込みの近接格闘術。
上体が後ろに逸らされ、体軸のバランスが見事に崩れる。
反撃の余地はなく、首の血流はチョークで圧迫されていたね。
(不覚……。さっきのは、失敗に終わったか)
倒れる老人の姿を見て、結果を悟る。
能力が発動する前に、気絶してしまった。
そう考えれば筋が通る、残念な展開だったよ。
「制圧完了だ。今からこいつと話をつける。二人は老兵を見張ってくれ」
軍服の男は語りかけ、エレベーターのボタンを押した。
すぐに扉は開き、引きずられるように、中へ入れられたよ。
「おう、任せとけ!」
快活のいい返事が聞こえると、扉は閉じたね。
密閉された空間に、男女二人の状態が出来上がったよ。
「狙いはチップか? 情報か? それとも……」
欲しがりそうな質問をぶつけ、油断を誘おうとしたね。
こんな状態、慣れっ子だったよ。隙を作れば、どうにでもなる。
「吾だ。彼奴と体が入れ替わったようでな。急遽、プランを変更した」
すると、耳元で囁かれるのは、シェンらしい言葉だったよ。
さっきの能力は、体の入れ替え。そう考えれば、納得できたね。
「……意図してやったんじゃナイのか?」
ただ気になるのは、本人が予期しない点だったよ。
元々が、体を入れ替える能力だったら言わない台詞ね。
「どうやらこの義手は、センスの伝導率を高めるらしい。元々は、触れた対象の方向感覚やダメージの認識をズラす能力だったが、強化されて、互いの精神まで入れ替わったようだ。いつ戻るかは不明だが、しばらく戻らんだろう」
拘束を解いて、男が語ったのは考察。
筋は通ってるが、罠の可能性もあったね。
信頼してやるには、少し早そうな気がしたよ。
「ひとまず信じるね。……次はどうするつもりか?」
警戒しつつ、泳がせることにしたよ。
中身が本人だったら、行動で分かるしね。
「こうする……っ!!」
そこで取った男が行動は、能力の発露。
狭い密室には、不可避の青白い電流が迸ったよ。
◇◇◇
道路には、四分割された警察車両が転がる。
辺りを走る車は止まり、降車して、去っていく。
典型的なNPCの反応。封鎖された車線の出来上がり。
そんな混乱状態を招いた犯罪者は、目の前に立っていた。
「イタリアンマフィアの頭が、うちらに一体、何の用っすか?」
壊れた車体からシートベルトを外し、問いかける。
すぐ隣には、運転席から降りていた閻衆の姿もあった。
わざわざ警察官を襲ったのは、何かしらの理由があるはず。
何の意味もなく、殺しに来るような人じゃないのは知っていた。
「ジルダ・マランツァーノの行方を教えて頂戴。素直に言えば、手出ししないわ」
バグジーが欲しているのは、情報だった。
間違いなく、これまで誰にも知られなかったもの。
「あぁ……そいつは聞けない相談っすね。うちらは警察っすよ」
「公務執行妨害に、器物破損に、殺人未遂。お縄についてもらおうか」
当然ながら交渉は決裂し、避けられない戦いが始まった。