第32話 自由の街⑦
自由の街。上空300メートル地点。
そこに浮かぶのは、中規模の雲だった。
夜の闇に紛れ、人目につかない絶好の場所。
雲を足場にして、眼下を観察する者たちがいた。
「マカオのマの字も知らナイ、塵芥ガ。やるなら現地でヤレ」
双眼鏡を覗き、愚痴をこぼすのは黒服の女性。
女豹の目つき、セミロングの黒髪に赤色のメッシュ。
鈍り言葉で、なんのゆかりもない舞台に憤りを見せていた。
「逆を考えてみろ、蓮麗。マカオで大暴れされたら、困りものだろ」
愚痴に応対するのは、ガタイのいい黒い肌の男。
黒服に袖を通し、腕を組んで、戦況を見つめている。
その視線の先には、物々しい気配を発する銀行があった。
「まぁ、そうだケド……」
言い返す余地のない反論に、蓮麗は押し黙る。
そのせいか、双眼鏡の手元が緩みそうになっていた。
「ともかく……最初の怪我人が肝心。出たら必ず報告して」
彼女の隣にいるのは、黒のマッシュルームヘアの少年。
紺のパーカーのフードを深く被り、暗い空気を発している。
「あぁ、分かってるヨ。イイ感じにボッタクッテやるネ!」
互いの目的は共通し、獲物を狩るハイエナのように戦場を見つめた。
◇◇◇
サイレンの音が響き、赤と青のランプが明滅する。
閻衆の読み。論理的な状況考察による、現場への急行。
警察車両を使い、連邦準備銀行に向かう道中のことだった。
「後どれぐらいっすか。妙な胸騒ぎがするんすけど……」
助手席に座るメリッサは、顔色を暗くして問う。
残念ながら、宗教上の理由でセンスは感じられない。
ただ、内臓が浮き上がるような、気色悪い感覚があった。
「もうすぐだ。距離にしたら、おおよそ――っ!?」
歯切れよく回答しようとするも、閻衆は口を閉ざした。
それどころか、顔色を青っぽく染め上げて、絶句している。
「…………?」
何かあると気付き、視線の先を見る。
そこにいたのは、道路中央に立つ不審な男。
両手には、どこからか取り出したククリ刀を持つ。
(あいつは……っっっ)
一目見て閻衆が固まった意味が分かった。
アレはヤバイ。センスを感じなくても分かる。
「伏せろ!!!!」
閻衆の警告と共に、二刀のククリが投擲される。
即座に顔を伏せると、十字の斬撃が警察車両を襲った。
「――――っっ!!!!」
スパッと音が鳴り、後ろ髪の一部が切れた感触がある。
ただ、身体に問題はなし。すぐに顔を上げ、状況を確認した。
「はぁーい。突然だけど、アタシと踊ってくれない?」
真横をすれ違ったのは、バーテン服を着た赤髪のアフロ。
隣にいるはずの閻衆の姿はなく、警察車両は四分割されていた。
◇◇◇
自由の街。連邦準備銀行。一階、エントランス。
お客様窓口を縦横無尽に飛び交うのは、複数人のプレイヤー。
「……その義手。金の割には、えらく頑丈と見える。特殊合金か?」
「ご名答。黒鋼を加工した合金。ただ、売りは……それだけではない!」
シェンとマクシスは言葉を交え、金の義手が空を切る。
見事な空振りを見せたように思えたが、閃光がほとばしる。
回避で生じた隙間を埋めるのは、青色に染め上がる雷光だった。
「――――ッッッッ!!!!」
シェンは成す術なく、直撃。
全身に電流が駆け巡り、倒れ込む。
「伝導の右手。用法は、その身で味わったようだな」
決着を確信し、マクシスは屈みこんだ。
これ見よがしに右手を見せ、力を誇示する。
その先にいるのは、白目を剥いている老人の姿。
起き上がってくるわけがない。そう高を括った態度。
「――――っ!!」
それが致命的な隙を生み、回避を遅らせる。
立ち上がる気絶した老人を前に、身体が硬直する。
そこに攻め入るのは、螳螂手。カマキリの如く伸びた手。
「七星……螳螂拳……【玉鏡星】」
ニヤリと不敵に笑う無意識のシェンは、義手を絡めとる。
その瞬間、互いのセンスとセンスが触れ合い、能力は発動した。