第31話 自由の街⑥
自由の街。ニューヨーク連邦準備銀行。
金融政策の実行や、チップの流通を担う要所。
民間銀行を管轄し、積み立てと借り入れ義務を課す。
準備預金として回収されたチップは、延べ数百万枚に上る。
――というのは、一般論に基づく設定だった。
大元は、最上位級悪魔、マーリンXIII世が取立てたチップ。
管理監督の責任は、独創世界を維持する担当悪魔が背負うことになる。
「……私には少し、荷が重すぎるな」
連邦準備銀行の地下24メートルには、保管施設があった。
巨大金庫を背にして、不安をこぼすのは、主人に化けた悪魔。
負傷したマーリンXIII世の代わりに、冥戯黙示録に参加した新人。
短い黒髪に糸目、黒の貴族服に角と尻尾を生やしつつも、中身は女性。
――ミネルバ・フォン・アーサー。
イギリス王室の元第一王子であり、独創世界『自由の街』の使い手。
チップを守り切れなければ、主人の地獄界でのキャリアは終わってしまう。
「まぁ、なるようにしかならないか……」
独り言に答える側近はおらず、たった一人で、銀行強盗を待ち受けた。
◇◇◇
自由の街。ニューヨーク連邦準備銀行前。
目の前には、五階建ての巨大な建物が見えたね。
左右均等の石積みの装飾、鉄格子のような黒い扉と窓。
堅牢な要塞のようなイメージを受ける、重厚な施設だったよ。
「作戦はアルのか? まさか、二人で攻略するとか言わナイな?」
本丸を前にして、ふと蓮妃は問いかける。
ここまで綿密な打ち合わせは特になかったね。
気になるのは、四人の側近がいないことだったよ。
「そのまさかよ。配下四名に別々の銀行を襲撃させ、同時多発的にテロを起こす。警察の捜査網をかく乱し、吾らは手薄になった本命を叩く。警備とセキュリティの突破方法は、意思の力による武力行使。……紀元前に武力で中国を統一した、『始皇女帝』の肩書きを持つお前さんが、ついて来れんとは言うまいな?」
ようやく口を開いたと思えば、シェンが語るのは無理難題。
肩書きを過大評価した、作戦とは言えないゴリ押しだったね。
「……誰に口を利いてるか。目にもの見せてやるね」
そう頭で考えながらも、赤いセンスが滾ってくる。
暴れ甲斐のある戦場を前に、身体は闘争を欲していた。
◇◇◇
夜のマンハッタンは、物々しい雰囲気に満ちていた。
サイレンの音が鳴り響き、同時多発的に事件が起き続ける。
警察車両の中では、状況を報告し合う無線の音が、絶えず流れた。
「…………」
路肩に駐車し、ハンドルに手を置き、閻衆は長考する。
無線から応援を求める声が聞こえる中、無視し続けていた。
「現場に向かわないんすか?」
助手席に座る警官服姿のメリッサは、疑問をぶつける。
無線の先では、犯罪に手を染めたプレイヤーが待っている。
取り締まり=賄賂という流れになり、堅実に稼ぐことができる。
唯一のネックは事件待ちの受け身の姿勢。でも今や、入れ食い状態。
千載一遇のビジネスチャンスに、今すぐにでも飛び出していきたかった。
「狙いはメガバンクじゃなく、規模が小さい民間銀行ばかり。それも、同時に四か所ときた。偶然にしては、出来過ぎてる。捜査をかく乱するための陽動の可能性が高い。恐らく、相手方の本命は、マンハッタン内で最大級の銀行――」
つらつらと語られるのは、状況から判断した考察。
もうほとんど答え。そこまで言われれば、馬鹿でも分かる。
「連邦準備銀行っすね!」
行き先が決まり、閻衆が運転する警察車両は、報告のない現場へと急行した。
◇◇◇
ニューヨーク連邦準備銀行。一階、エントランス。
堅牢そうな入り口を開け、健全に侵入を果たしたのは二人。
「守衛を片付けるが、何秒いる?」
「キッカリ五秒。不測の事態がなければ……だけどね」
息をつく暇もないまま、シェンと蓮妃は同時に左右に飛んだ。
一般人が認識できる速度を超え、武装した守衛を次々と気絶させる。
「「「「「「――――」」」」」」
バタリ、バタリ、バタリと怪奇現象のように人が倒れていく。
相談窓口にいる銀行員や客が気付き、悲鳴を上げる中、それは起きた。
「――――っ」
シェンの手刀を受け止めたのは、
「老兵をいたぶるのは、少々、心が痛むが……お相手してもらおうか」
金色の義手をつけた軍服の男、マクシス。
「…………ちっ」
蓮妃の蹴りを受け止めたのは、
「あんたのダンジョンでの活躍は、組織内でかねがね聞いてるぜ」
「タイマンといきたいところだが……二対一で行かせてもらう……」
銀色の義足を扱うルーカスと、肩にニワトリを乗せるベクター。
期せずして、不測の事態が起き、連邦準備銀行は早くも混沌が訪れた。