第30話 自由の街⑤
自由の街。ニューヨーク市警察署。取調室。
手狭な空間に、机とパイプ椅子が置かれた部屋。
目の前には閻衆が座り、聴取が始まろうとしていた。
「これから取調べを行うが、供述が法廷で不利な証拠になる場合があり、お前には黙秘権と弁護士の立ち合いを求める権利がある。費用を負担できない場合は、公選弁護人を選定することになるが、何をお望みかな?」
語られたのは、現実と全く同じフローチャート。
聞き覚えのある台詞の羅列に、反吐が出そうになる。
どれもこれもが面白くない。自由の街である意味がない。
「欲しいのは賄賂。そうっすよね。つまるところ……いくら欲しいんすか」
一切合切の手順を省略して、メリッサは本題を切り込んだ。
相手がプレイヤーなら、目的は特急権用のチップを集めること。
真面目に警察の職務をこなして稼ぐのは、どう考えても効率が悪い。
――そこで選ぶ手段が、賄賂。
捕まったプレイヤーから、チップを押収すれば効率がいい。
捕まった側からすれば、早く解放されたいだろうし、理に適っていた。
「チップ二百枚で手打ちだ。それ以上の譲歩はしない」
閻衆は迷うことなく、即答した。
現在の所有チップは、二百五十六枚。
頑張ったら払えなくもない、絶妙な金額。
値切り交渉も見通す、強気な価格設定だった。
(織り込み済みってわけっすか。上等っすよ……)
有利な展開を押し付けるだけの手腕。
肩書きにそぐわない実力を発揮していた。
逆に言えば、こっちが試されてることになる。
「うちを警察として雇い、あんたの相棒になると言えば、どうするっすか」
メリッサは奇策を講じ、話を転がしていく。
転職活動の敷居が低いと読んだ、攻めの一手。
受け手の閻衆は、ほんの少し口元を緩めていた。
◇◇◇
自由の街。高層マンション最上階。ペントハウス。
街並みを一望できる、全面ガラス張りのリビングルーム。
エンパイアステートビルが崩壊し、景観が少し損なわれていた。
「……単刀直入に言うね。手っ取り早く稼ぐ方法はナイか?」
そこに訪れた蓮妃は、早速、取引を持ち掛ける。
目の前には、背を向けて、景色を眺める辮髪の老人。
取り巻きは四名。恐らく、元々の配下から厳選した精鋭。
全員、黒色のチャイナ服を着用して、空気はピリピリしてた。
最悪、修羅場もあり得る。そんな歓迎されないムードに感じたね。
――ただ、決定権があるのは中国マフィアの頭。
「銀行を襲う。ちょうど、人手を欲していたところよ」
シェンは快く歓迎し、次なる目標が示される。
腕がなる展開。修羅場はこれから起きるみたいね。
◇◇◇
自由の街。南東にある、ブルックリン橋。
エンパイアステートビルに次ぐ、観光名所。
イースト川をまたいで、街と街を繋いでいる。
その終わりに位置する歩道に二人組の男がいた。
「……駄目だ。これ以上は進めねぇな」
足を止めるのは、ルーカスだった。
ペタペタと目の前の空間を触っている。
伸ばした手は、それ以上進んでいなかった。
「裏口があると踏んだが……読みが外れたか……」
状況を受け止め、ベクターは途方に暮れている。
車や人の往来はあるものの、プレイヤーは進めない。
「考えていることは、同じと見えるな。……同志よ」
そこに現れたのは、迷彩柄の軍服を着た男。
吊橋の上部から颯爽と登場したのは、マクシス。
ロシアンマフィアの頭ながら、単独で行動していた。
「今になって接触か。何が望みだ? 大してチップは持ってねぇぞ」
ルーカスは身構え、予期せぬ来訪者を警戒する。
同じくベクターも、拳を構えて、合図を待っていた。
「裏口が駄目なら、正攻法。プレイヤー狩りと洒落込もうじゃないか」
マクシスは空気を察しながら、話を切り出す。
「悪くはねぇが、手当たり次第ってのはモラルに欠けるな。目星はあるのか?」
即断せず、ルーカスは慎重に話を掘り下げていく。
むしろ警戒を強め、狩られる側に回ることを危惧していた。
「とびっきりの犯罪者。例えば、強盗を起こす卑劣な輩だったら、如何かな?」
問いに対し、出てきたのは具体的な例。
二人は顔を見合わせ、同じような表情に至る。
間の抜けた顔のように見えながら、感情が滾った顔。
「……ハワイの一件以来だな。受けてやるよ。一時共闘ってやつだ!」
握手を交わし、少数精鋭の部隊が形成される。
夜のマンハッタンは、不穏な空気を醸し出していた。