第29話 自由の街④
自由の街。崩壊したエンパイアステートビル近辺。
そこには、被害から辛くも免れたバーが存在していた。
カランと音が鳴り、扉が開かれると、一人の少年が現れる。
騒ぎで客が去ったカウンター席に腰かけ、彼は静かに言い放つ。
「トマトジュースをもらえますか? ……マスター」
同時に置かれたのは、二枚のチップ。
視線は落として、顔は葬式のように暗い。
「賭けはアタシの勝ちのようね。いいわ、話を聞かせてもらえる?」
快く受け取ったのは、バーテン服を着た赤髪のピエロ。
グラスに氷を入れ、蓋を開け、赤い液体を注いで、提供する。
中身は、ただのトマトジュース。こだわりの逸品ってわけでもない。
それよりも気になるのは、ジェノ・アンダーソンの中身がどういう具合か。
「実益のない人助けに嫌悪感を覚えました。約束通り、俺はあなたの所有物です」
従順で素直で律儀。人としてのネジが外れた発言。
ドイツで出会った時点で、想定していた通りの仕上がり。
白き神を宿した依り代が、チップ二枚で手に入るなら大儲けね。
◇◇◇
数時間前。ザ・ベネチアンマカオ地下107階。認定の間。
ルール説明の後、メリッサがすぐさま勝負を始めていた頃。
「あの、ルーカスさん……。二枚ほどチップを貸してもらえませんか?」
別卓につこうとしてた男に、ジェノは尋ねる。
メリッサがパスを二回連続したところで、気付いた。
――親番になれば、オールインする。
負ければ死亡する以上、予防策が必要だった。
仲間の無茶を見過ごせるほど、心は腐っちゃいない。
「来たか……。あの人の読み通りってわけだな」
ルーカスの手に持っていたのは、二枚のチップ。
反応からして、こうなることを予期した人物がいるらしい。
「……? 誰のことです?」
嫌な空気が漂うのを感じながら、掘り返す。
聞いてもどうにかなるものじゃないけど、気になった。
「バグジー・シーゲル。マスターだよ。こいつを貸すには条件がある」
告げられたのは、メリッサと卓につく相手。
勝負が始まる前か後に、手を打っていたらしい。
「聞かせてください」
ただ、いずれにせよ、条件があるのは必須。
特に疑問を差し挟むことなく、話を進めていく。
「『身内に嫌悪感を覚えたら、アタシの所有物になりなさい。神格化の進行により、人に害を及ぼすレッドラインよ。冥戯黙示録が終わるまでに何事もなければ、返さなくていいから』。だそうだ。受けるかどうかは、お前さんの自由だぜ」
語られたのは、未来を予知しているかのような条件。
神格化の進行。白き神との精神同調による、道徳心の欠如。
もし、万が一のことがあれば、体は管理されるということだろう。
チップ二枚にしては、重すぎる。自由意思が尊重されるかは分からない。
「受けます。そう伝えてください」
それでもジェノは条件を呑んだ。
(やりたいことはあるけど……制御できる人は必要だよね……)
こちらが意図しない、白き神の暴走。
その予防策が必要になるのも確かだった。
◇◇◇
エンパイアステートビル跡地。
辺りには、警察と救急隊が駆けつける。
付近は封鎖され、負傷者は担架で運ばれていた。
「何があったかは詳しく話せない。そういうことだな?」
尋ねてきたのは、パツンパツンの警官服を着た赤鬼。
ヤクザの頭、閻衆。プレイヤーなのは、バレバレだった。
「…………」
メリッサは黙秘を続け、自分から状況を悪くする。
近くに蓮妃の姿はなく、犯人と思わしき人物もいない。
「いい度胸だ。……こいつを署に連行しろ」
両手には手錠をかけられ、豚箱行きが決まった。