第28話 自由の街③
自由の街。タイムズスクエア前、スクランブル交差点。
そこから、エンパイアステートビルは、目と鼻の先にある。
距離にして、約800メートル。徒歩で行けば、五分程度の場所。
「まずいっすよ。このままじゃ、大勢が……」
崩れ行く尖塔を見て、血の気が引くのを感じる。
ガラスと瓦礫が、夜の街へ容赦なく降り注いでいた。
中にいる人はもちろん、周囲にいる人たちの身が危ない。
体は反射的に、攻略じゃなく、救助する方にシフトしていた。
「待ってよ。相手はNPCでしょ。助けに行っても危険なだけじゃ……」
そこで口を挟んできたのは、ジェノだった。
正論も正論。何も間違ったことは言ってない。
身を案じてくれているだけ、のようにも思える。
「中にプレイヤーがいたらどうするんすか。助ける一択っすよ!」
ただ、その程度の杞憂じゃ止まることはできない。
頭に焼き付いた理想の人物に、少しでも近づくためにも。
◇◇◇
最初に住民へ襲い掛かったのは、ガラス片だった。
ビル全面にあるガラス張りの窓が、総じて割れた影響。
周辺には、主婦、警察、会社員、若者など多様な人がいた。
「…………」
そこに現れたのは、腰に刀を帯びた、通りすがりのプレイヤー。
グレーのハンチング帽を被り、赤の眼鏡をかけた、長い黒髪の女性。
黒の革ジャンに袖を通し、紺のジーンズに装着された刀に手を伸ばした。
「北辰流――【風信子】」
赤黒い刀身を露わにして、放たれたのは風の斬撃。
降り注ぐガラス片を切り刻み、被害を最小限に抑える。
反動で髪がフワリと舞い上がり、白い地毛を覗かせていた。
◇◇◇
崩れるビルに向かい、夜の街を全速力で駆け抜ける。
時間にして十秒にも満たないのに、焦燥感だけが募った。
(くっ……。外のフォローが間に合わないっす……!)
意識を集中させていたのは、建物の内部。
すでに周囲の影を動かして、対処を始めていた。
ただ、リソースには限界があって、全対応はできない。
不足した分の皺寄せを食らうのは、外側にいる人たちだった。
「…………っ!!?」
直後見えたのは、ガラス片と瓦礫が切断される光景。
細切れになるレベルまで、ことごとく切り刻まれていく。
――どうやって。
そう思ったと同時に、突風が肌を突き抜けた。
恐らく、風を操る能力者。他に候補は考えつかない。
それも似た思考を持つ『お人好し』が、住民を守っていた。
「誰だか分かんないけど、恩に着るっす!!!」
心置きなく影に意識を向け、建物外側には糸を放つ。
ビルとビルの間に形成されたのは、落下防止用のネット。
そこに落ちてくるのは、建物内から飛び出してきた大量の人。
内側に巡らせた影を使い、上階から順にネットへ放り投げていた。
「我らは漏れた人間のフォローよ。いいね?」
後ろに追従する蓮妃は、再度確認している。
向いている対象は、こっちじゃなくて、別の人物。
「……はい」
ジェノは乗り気じゃない返事をして、割に合わない人助けが始まった。
◇◇◇
「ふぅ……。埋もれた人は……いないみたいっすね」
額の汗を拭い、影で崩れたビル内の感触を確かめる。
範囲は半径十メートル程度でも、一点に絞れば伸ばせる。
建物内の影を始点にすれば、全体を把握するのは簡単だった。
「終わったよ、メリッサ。ネットにかかった住民は一人残らず下ろしたね」
後ろから声をかけてきたのは蓮妃。
死者は0人。負傷者は数百人中の数人。
ここから先は、地方自治体の管轄になる。
「助かったっす。これでひとまず、最悪の結果は免れたみたいっすね」
できれば負傷者も0人にしたかったけど、現実は厳しい。
死者が出なかったことを良しとしつつ、後ろを振り返った。
「…………」
そこで見えたのは、だんまりしているジェノの姿。
言いたいことがあるけど、言わない。そう顔に書いていた。
「不服みたいっすね。文句があるなら、今のうちにどうぞっす」
仲間内で生じたシコリは、早めに取り除いた方がいい。
放置すれば、膨れ上がり、いずれ取り返しがつかなくなる。
「俺……メリッサのチームから抜けるよ。理由は聞かないで」
そう思っていたところにきたのは、想定外の決断。
是非を問う暇なんてなく、すでにジェノは消えていた。