第27話 自由の街②
突如、崩れ落ちるのは尖塔。エンパイアステートビル。
高さ380メートルの建造物。その瓦礫が自由の街に降り注ぐ。
そんな中、上空200メートル付近には、発端となった人間がいた。
「ここで決着をつけさしてもらうけぇな、千葉総棟梁!」
「身の程というものを身体に刻み込んでやろうかぁ、毛利棟梁!」
拳と杖刀が空中で衝突し、余波で周囲の瓦礫が消し飛ぶ。
帝国における隠密部隊、滅葬志士における身内同士の争い。
王位継承戦から始まった、避けられない戦いが火蓋を切った。
◇◇◇
数週間前。内閣総理大臣官邸。首相執務室。
「継承戦に乗じて、侍従として参加予定のジェノ・アンダーソンを暗殺しろ」
事のきっかけは、千葉総棟梁による命令じゃった。
上官の命令は絶対。違反すれば、私的制裁が加えられる。
その下らんルールのせいで、行方不明になった隊員は数知れん。
「……どうして、うちなんじゃ。もっと適任がおるじゃろ」
ただ、命令を受ける前じゃったら、口答えできる権利ぐらいはある。
滅葬志士の上から二番目の地位。棟梁という今の肩書きは、軽うなかった。
「ジェノの勝手を知り、アミの尻を拭えるのはお前だけだからだ」
総棟梁は端的に、分かりやすく、要点を告げる。
それ以上の情報を、深くは聞かんでも理解できる。
長いこと隊員をやってたら、分かってしまうんじゃ。
「二重暗殺……。うちは全貌を知らされてる側か……」
暗殺任務は、一人で請け負うのが一般的じゃ。
ターゲットに接近しやすく、痕跡が残りにくい。
人手が増えた分だけ、気取られる可能性も高まる。
ただ、失敗が許されんケースは、話がちいと異なる。
一方は、通常の暗殺と同じで、一人で任務を実行する。
もう一方は、暗殺任務を尾行し、任務失敗時に実行する。
――それが二重暗殺。
必然的に知らない側と知らされる側に分かれる。
不測の事態に対応するための、予備プランじゃった。
通常任務を受けた隊員が、信用できん場合にも使われる。
「任務が失敗に終われば、アミの命はない。他の者に任せていいんだな?」
意地が悪うも迫られるのは、譲歩された案。
断るこたぁできても、胸の内の答えは決まっとった。
◇◇◇
二重暗殺の名を受けた、数週間後。
王位継承戦の地。分霊室。時計塔広場。
結果として、総棟梁の読みは当たっとった。
「……総棟梁の呪縛から解放されたい。一緒に倒していただけませんか」
アミは暗殺任務を放棄して、謀反を企てとった。
それも、部外者の人間。ラウラを巻き込もうとしとる。
「ジェノ・アンダーソンはうちが殺る。安心して眠っときんさい」
だから、油断していた二人を軽く小突いて、気絶させた。
その瞬間から、二重暗殺が本格的に機能してしまったんじゃ。
◇◇◇
暗殺の機会は思いのほか、すぐにやってきた。
「――――何も聞かんで、うちと殺し合うてもらえる?」
分霊室にある白い廊下にはジェノがおった。
詳しい経緯も理由も語らず、宣戦布告をしてやった。
「引き受けます。ただ、俺は殺す気ありませんから」
標的は快諾。殺し合いが始まった。
◇◇◇
「……やり、ますね」
「……よう、やった」
死闘の末、待っていた結果はダブルノックアウト。
互いの持ち得るセンスを全て使い、気絶してしもうた。
それは単純な結末を招く。二重暗殺の失敗を意味しとった。
◇◇◇
王位継承戦が終わった後。
「共闘の件は忘れてください。私が一人で責任を負います」
アミはバッキンガム宮殿の客室で語った。
室内には、経緯を知っとるラウラの姿もあった。
「あぁ? 手伝うつったろ。背負い込むんじゃねぇよ」
「うちも当事者じゃ。当然ながら、見過ごすわけにはいかん」
容認できるわけもなく、猛反対してやった。
すでに一人の問題じゃのうて、三人の問題じゃ。
無理しとるのが分かっとって、スルーはできんのよ。
「一人の方が勝算があるんです。ここはどうか、私を信じてください」
深々と頭を下げ、アミは真剣な声音で頼み込んだ。
それ以上は口を挟めるわけもなく、共闘の話は流れた。
◇◇◇
アミをあのまま放っとけるわけがなかった。
マカオまで尾行して、冥戯黙示録に参加した。
そこには、アミもジェノも総棟梁も揃っとった。
それなりにチップを稼いで、その様子を見続けた。
奇策なりなんなりを見届けるまでは、帰れんかった。
――ただ、最悪の時は訪れた。
「…………あ」
闘宴の間でアミは凍りついて、戦闘不能に陥った。
策がどうこうの問題じゃのうて、生きるか死ぬかの問題。
私的制裁権を持っている総棟梁が、手を下さんわけがなかった。
復活する可能性が1%でもあるなら、命令違反者には確実に鉄槌が下る。
「命令違反したのは、うちも同じ。先に制裁すんのは、うちからにしてくれん?」
黒のパーカーに般若の面をつけたまま、声をかける。
相手は観覧席にいた、杖を持つ中年の男。滅葬志士総棟梁。
「……いいだろう。次の区画でケリをつけてやる」
特に条件や反論もなく、話はつき、戦う舞台は整った。
◇◇◇
現在。ザ・ベネチアンマカオ41階。自由の間。
エンパイアステートビルが崩落する、200メートル上空。
「……なんで、どうして! ジェノを暗殺せんと駄目じゃったんじゃ!!」
瓦礫を足場にして、広島は渾身の拳を振るう。
暴力と対話。行動が矛盾しとるのは、分かっとった。
それでも聞かずにはいられん。こうなった原因そのものじゃ。
「任務に理由を求めるなぁ。そう教えたのを忘れたか?」
杖刀で迫る拳を捌き、総棟梁は両方に応じて見せた。
どちらも平行線。終わらせるには、至らん内容じゃった。
「分かっとる。分かっとるが……あの子は違うじゃろ」
「今までの相手と何が違う。差別主義者に育てた覚えはない」
「差別も何も、ジェノはまだ子供で、ええ子じゃ。いくら命令でも手は出せん」
落下と暴力を続けながら、問答を重ねる。
これに意味があるのかは、正直言って分からん。
ただ答えが出ん以上、本気が出せんのも事実じゃった。
「…………もう一度チャンスをやる。ジェノを見定めて、よく考えるがいい」
刀を大きく弾きながら、総棟梁は冷たく言い放つ。
このために求めに応じたのか、成り行きでこうなったのか。
「……………………」
気付けば、総棟梁は消え、残ったのは瓦礫の山だけになっとった。