第26話 自由の街①
ザ・ベネチアンマカオ地下41階。自由の間。
見えるのは、街並み。広がるのは、無数の摩天楼。
夜更けの闇を、ネオンと野外広告の灯りが照らしている。
あまりにも既視感のある光景。思いつくのは、ある地区の名前。
「ここって……マンハッタンっすか?」
雑居ビルの自動扉から現れたメリッサは、感想を漏らす。
ニューヨークの中心地と変わりない景色に、思わず息を呑んだ。
「厳密には、都市を丸ごと模倣した独創世界じゃナイか」
「せかせかした人も荒っぽい車も、甘ったるい空気も全部同じだ」
遅れてやってきた蓮妃とジェノが反応を示す。
独創世界で、現地民を騙せるほどの都市を再現した。
意味と理屈を納得できても、その用途が全く見えてこない。
「独創世界だとして、ここで何をやらせるつもりなんすかね……」
人通りが激しい交差点を見つめ、メリッサは一番の疑問を口にする。
『ルールがないのがルール。それこそがここ、『自由の街』の魅力さ』
返ってきたのは、誰でもない第三者の声だった。
飄々とした印象を受ける、口が軽そうな男性の言葉。
ふと脳裏に浮かんだのは、貴族服を着る黒髪細目の悪魔。
「……なーにが、アガルタっすか。丸パクリの上に、丸投げなんすよ」
彼が口にしたのは、地底にあると言われる理想都市の名前。
高度な科学文明で、犯罪がないレベルに統治された場所を指す。
その名を冠するには、あまりにも現実に近すぎる。ずさんな世界観。
『失敬だね。文句を言うなら説明は省くけど、いいのかな?』
すると彼は、変わらぬトーンで、失言を咎めてくる。
ある意味で脅し。謝罪しなければ、ゲームが不利になる。
正直、心の底から謝りたくないし、突っぱねてやりたかった。
「……あぁ。今のはうちが悪かったっす。詳細を教えてもらっていいっすか?」
ただ、身勝手な行動で味方を貶めるわけにはいかない。
チームで攻略する以上、意地を張ってる場合じゃなかった。
『素直な子は好きだよ。約束通り答えるとしよう。……この世界には、PCとNPCがいて、文明レベルと統治体制は現代のマンハッタンに依存する。通貨はチップが使われ、稼ぎ方は自由。警察、救急隊、飲食店、メカニック、マフィア、etc。職業はなんでもアリさ。個人間でルールを定めて賭博をしたっていいし、上に行くのを諦めて、ここで暮らしたっていい。それが『自由の街』たる由縁さ』
語られるのは、オープンワールドのゲームと似た形式。
説明だけを鵜呑みにするなら、それ以上でも以下でもない。
ただ、この世界は恐らく、舞台と設定を自由に変更できるはず。
使い手の発想次第で、いくらでも応用が利く、理想都市になり得た。
(名前負けは、してないかもっすね……)
能力の核心を一人理解したメリッサは、黙々と思考を巡らせる。
「プレイヤーかどうかを見分けるには、どうしたらいいんですか?」
そのわずかな隙間を埋めたのは、ジェノだった。
攻略する上で欠かせない情報を、的確に突いている。
『いくつかあるが、手っ取り早いのは、意思の力の有無だね。今は省エネ設定だから、NPCにセンスを扱える人間はいない。当たりをつけたら、色々と試してみたらいいんじゃないかな。……ただし、法律やモラルに反した場合、痛いしっぺ返しがあるかもしれないけどね』
悪魔の言い分を要約するなら、やり方は選べ。
現代の法律が適用されるなら、好き勝手できない。
警察になったプレイヤーがいるなら、なおさらだった。
「次の特急権の値段と、上に通じるエレベーターの位置を教えるね」
そう考えていると、蓮妃が必要な質問を重ねる。
『特急権は五千枚。上階へのエレベーターはエンパイアステートビルにあるよ』
次なる目標が告げられて、全員の視線は自ずと揃っていた。
その先には、軒を連ねる摩天楼の中でも、特に目立っているもの。
「あれが今回のゴールってわけっすか。上等っすね。うちらなら絶対に――」
意気込みを新たに、拳を握り込む。
自由な世界で成り上がる姿を浮かべる。
無限に広がる可能性に、ワクワクしていた。
「「「…………え」」」
しかし、三人の眼前にはショッキングな光景が広がる。
エンパイアステートビルの倒壊。目標にしていた地点の消失。
人々の悲鳴が響き、自由の街には早くも混沌が訪れようとしていた。




