第24話 安定か不安定か
第四鬼門が開くと、そこには二つの宝箱があった。
恐らく、片方は賞品のチップで、もう片方は副賞の何か。
建物の構造から考えて、左右には観覧席に繋がる階段があった。
「…………」
メリッサは素通りして、迷わず階段を上がっていく。
両腕には、先ほどの戦いで凍結状態になったアミを抱える。
「メリッサ、報酬はイイのか?」
一歩後ろを付き従い、尋ねるのは蓮妃。
階段に足をかけながらも、宝箱を気にしている。
「見て分かるっすよね。……今はそれどころじゃないっす」
怒りか、哀しみか。どちらとも言えない感情が乗る声音。
彼女の顔色を伺える者は誰もおらず、階段には足音が響いた。
◇◇◇
闘宴の間。天井桟敷。第四鬼門側、挑戦者出入り口。
そこには両開きの和風の小門があり、そっと開かれる。
現れたのは、鬼門闘宴を初踏破したメリッサ一行だった。
凍ったアミを地面に置き、神妙な面持ちをして、言い放つ。
「……この中にヒーラーはいないっすか。もし治せたら、賞品は全部やるっす」
それは、ギャラリーがいるのを見越した提案。
内容は、アミの凍結を治してくれる能力者の募集。
観客のどよめきが聞こえる中、手を挙げる少年がいた。
「治せるのは俺じゃないけど、俺に任せて。……ヒーラーには当てがあるんだ」
ジェノは真っ先に申し出て、赤い星型の髪飾りを取り出す。
それは、ドイツの地下世界で出会った、魔術師ニコラの所持品。
――『暁の星』。
別の空間同士を繋ぐ道具。
発動条件は地下の扉にかざすこと。
お目当ては、繋げた先にいる魔物ヘケヘケ。
類まれな治癒能力を持っていて、凍結も治せるはず。
「なんすか、それ……?」
藁にも縋るような声音で、メリッサは尋ねる。
思っている以上に、仲間の負傷に参ってるみたいだ。
説明したいのは山々だったけど、今は一刻も争う緊急事態。
「まぁ見ててよ」
ジェノは早速、暁の星を小門に当てる。
奇遇にも、地下の扉という条件は満たされた。
なんの不安もなく、先に広がる光景を思い浮かべた。
「…………………………あれ?」
しかし、目の前には、ただの下り階段。
期待外れでしかない、平凡な景色が広がる。
「ジェノさん……それは笑えないっすよ」
顔色を確認するまでもなく、メリッサは怒っていた。
鈍いと言っても、ここまで負の条件が揃えば理解できる。
言葉を選ばなかったら、仲間といっても、修羅場に発展する。
「分かってる。……本当は、こんなはずじゃなかったんだ」
「だったら、どんなはずだったんすか。事と次第によっちゃ……」
自分でも情けないと思う言い訳に、メリッサの声色は暗くなる。
雲行きは怪しい。事実を言っても、信じてくれない可能性の方が高い。
(人間は複雑だな……。こんな些細なことで怒るなんて……)
心がひどく冷たくなるのを感じる。
別種の生命体として観察し、分析する。
予期せぬ災害としか、思えなくなっていた。
「そいつは『暁の星』。地下と地下を繋ぐ鍵さ。通じる先は、ドイツの地下に作った二つの独創世界が交じり合う場所。そこで何かしらのトラブルがあったってところか。真っ先に考えられるのは、独創世界が閉じた可能性だね」
そこに解説を挟んだのは、マルタだった。
第三者の口から説明されれば、信憑性が増す。
「仮に事実だとして……繋がったところで意味ないっすよね」
メリッサは半信半疑だったけど、話に乗っていた。
ここまでお膳立てされれば、上手く入り込めそうだ。
「そこには治癒能力を持つ、ヘケヘケという魔物がいたんだ。骨も臓器もボロボロにされた時があったんだけど、彼の唾液を飲んだだけで完治した。それなら、アミさんを治せると思ったんだ。嘘じゃないよ」
できるだけ懇切丁寧に、ジェノは事実を述べた。
納得するかはともかく、これで説明責任は果たした。
どうするかは、彼女次第。最悪、敵対する覚悟もあった。
「……ひとまず信じるっすよ。ジェノさんは、嘘つけないっすもんね」
過去に紐づいた情報。そこから、彼女は納得する。
事実はどうであれ、最悪の事態が避けられたのは確か。
「助かるよ。それより、アミさんをどうするかが問題だ……」
内心ほっとしつつ、話題を元の位置に戻す。
アミを引き金に、メリッサは敵にも味方にも変わる。
今後のことを考えれば、不安定な要素は排除しておきたかった。
「……僕はヒーラーだ。詳細は言えないが、治すことができるよ、たぶん」
そこで声をかけてきたのは、ギャラリーの一人。
伸びた前髪で顔を隠す、黒髪マッシュルームヘアの少年。
紺のパーカーに、黒ジーンズというラフな格好で参戦している。
(見ない顔だな……。信用できるのか?)
これまで、参加者は一通り顔を確認していた。
影が薄いせいもあってか、全く印象に残ってない相手。
「いや、あたいとアミが脱出した方が確実だね。黒鋼なら治せるのは、さっき証明済みだ。実際、あの巨人に凍らされたルーカスをこの手で治した。今は手元にストックがないが、地上に戻れば、当てがある」
すぐさま口を挟んだのはマルタだった。
有力な候補の一つ。確実で、安全な方法だ。
見ず知らずの人を頼るよりかは、成功率が高い。
「俺も治す瞬間を見た。嘘じゃない。ただ、どちらを選ぶかはメリッサが決めて」
ジェノは自論を述べ、選択を迫る。
無理に決めれば、揉める可能性がある。
一方で、本人が決めたなら納得するはずだ。
後々、喧嘩に発展する危険は限りなく低くなる。
「分かったっす。うちは……マルタの案を採用するっす」
メリッサは二択を選択し、物事が大きく動く。
それが正解か不正解か、今は知る由もなかった。