第23話 鬼門闘宴⑨
ゲーム理論。初めて言われた時、ギョッとした。
その時が来るまでは敵味方問わず、いい顔を続ける。
自然と関係性が構築され、相手は言う事を聞く駒になる。
自分のことかもしれない。頭の片隅にはそんな予感があった。
――でも、違った。
駒なんて絶対思ってない。
そうじゃないと説明がつかない。
「てめぇ……っ!!!!」
損得や利害関係からは、逸脱した感情。
誰かのために、心はこんなにも昂ぶっている。
「落ち着くね、メリッサ。冷静さを欠いて、勝てる相手じゃナイよ」
そこで声をかけてきたのは、反対方向に回避した蓮妃。
その視線の先には、ダンジョン最下層にいたのと同じ敵。
大型の未確認動物。鬼にも悪魔にも該当しない未知の存在。
「――――」
相手は片足を大きく上げ、巨大な影が生じる。
ザッと目算しても、全長二十メートル以上の範囲。
狙いは的確。回避に徹して、ようやく間に合う距離感。
(冷静に、それでいて、熱く……)
蓮妃のアドバイスを受け入れ、己に集中する。
敵の攻撃範囲には、戦闘不能のアミの姿が見えた。
「燦爛と輝く命の煌めきよ、幽々たる深淵に覆われ、虚空の闇へと堕ちよ――」
メリッサが唱えたのは、聖遺物の起動詠唱。
内に宿りし、未知の力を呼び起こすための呪文。
その間にも、巨大な踵が迫り、影は濃くなっていく。
すでに回避不能の距離。詠唱は自らを窮地に追い込んだ。
――その効果は甚だ大きい。
「鋼絲牢翳【鉄線花】」
装着された白と黒の両手袋から生じるのは、絲と翳。
先ほどのものよりも一段階強化された、変幻自在の異能。
黒い根が張り、茎が伸びて、葉が実り、白い花が咲き乱れる。
実在する花を形成し、迫った片足を絡めとる。花言葉は甘い束縛。
「――――――ッッ」
すると、敵のスタンプ攻撃は肌に触れる寸前で止まる。
相手は顔を歪め、言葉を発さないものの、動揺の色を示す。
気付けば、異能の花は全身を縛りつけて、身動きを止めていた。
凍結能力のある凍てつく風も、羽根を封じられては使いこなせない。
「人間は成長する。あの頃とは、住んでる世界が違うんすよ」
メリッサは、歩みを止めた化け物に、その敗因を言い放つ。
次の瞬間には、ぐしゃりと音を立て、物言わぬ残骸に成り果てた。
◇◇◇
闘宴の間。天井桟敷。第四鬼門側、観覧席。
その通路側では、パネルを操作する人物がいた。
「ほらね、言った通りになったでしょ」
勝ち誇るような顔で、自分事のように語るのはジェノだった。
賭けは的中し、払い戻しは十倍。獲得したチップは八百八十八枚。
保険で残した一枚を加えると、手持ちの合計は八百八十九枚になった。
「そうみたいだけど……言った通りにならなかったこともあるだろ」
同じくパネルを操作している、マルタの顔色は暗かった。
何にいくら賭けたかは、不明。理由はおおよそ、察しがつく。
「賭けのことなら、俺が勝ち分で補填――」
「違う。アミが凍ったことだ。黒鋼はもうないんだよ」
言い当てようとするも、すぐさま事実を告げられる。
感性の鈍化。内に宿す白き神の精神同調。神格化の影響。
ジワジワと蝕まれる目に見えない不調が、可視化されていく。
「……そのことなら、ご心配なく。俺に考えがあります」
どんよりとした気持ちで今の症状を受け止め、前を向く。
人間でいられる時間が少ないことを感じながら、歩みを進めた。