第22話 鬼門闘宴⑧
闘宴の間。第四鬼門、煙波縹渺。進行度99%。
曇り夜空が映る水面に、揺れているのは三つの波紋。
足並み揃うメリッサたちは、最後の赤いマスにたどり着く。
「終点っと。できれば、もう少し歯応えがある相手がいいっすね」
「同感よ。ここまで雑魚ばかりで、準備運動にもならなかったね」
メリッサと蓮妃の二人の言動には、余裕が垣間見える。
未踏のダンジョン攻略者の身からすれば、物足らない難易度。
一度味わった、艱難辛苦と成功体験。それが病みつきになっていた。
「…………」
それを後ろで見つめるアミの表情は暗い。
言いたいことがあっても、口には出さない。
何事もなく終わることだけを切に願っていた。
『忠告しておこう。ここを踏破した者はいない。それでも挑戦すると申すか』
どこからともなく響くのは、天海の声。
常識がある人間なら、及び腰になるような内容。
普通の思考であれば、降参する選択肢が嫌でもチラつく。
「「――上等 (っす)(よ)」」
しかし、二人にとってそれは、ただの煽り文句に過ぎない。
困難を受け入れ、不可能を可能にすることを至上の喜びとする。
未知という言葉が放つ魔力に魅せられた、根っからの冒険者だった。
『よかろう。降参は自由。勝てば、チップ千枚の褒美を遣わす。心してかかれ!』
天海は快い返事に感情を乗せ、戦闘開始の合図を告げる。
互いに同意の下、鬼門闘宴、最後の幕が上がろうとしていた。
◇◇◇
闘宴の間。天井桟敷。第四鬼門、観覧席。
そこでは、ガヤガヤと雑多な声が響いていた。
人がまばらに集い、メリッサ一行の挑戦を見守る。
到達に賭けた者。賭けなかった者。威力偵察に来た者。
思惑は違えど、未踏に挑む姿勢に、大衆は魅了されていた。
「……〝アレ〟に勝てると思うかい?」
マルタは眼下を見つめながら、月並みな質問をぶつける。
「勝てますよ。メリッサなら、なんとかするはずです」
ジェノが寄せるのは、絶大な信頼。
瞳には曇りがなく、迷いも疑いもない。
「根拠は?」
言葉を鵜呑みにせず、マルタは発言を掘り下げる。
敵の過小評価と味方の過大評価。それを危惧していた。
「エンジンが入った彼女は誰にも負けない。ただの経験則ですよ」
キッパリと言い切り、ジェノは戦況を見つめる。
根拠は明確ではなく、分かる人にしか分からない回答。
ただその言葉には、真実だと信じ込ませるような熱があった。
◇◇◇
空気が振動し、地面が揺れる。
開かれるのは、最奥にある大きな門。
そこには、満を持して現れた化け物がいた。
「――――」
見えたのは、百メートル級の巨躯。
男と女の顔が分かれた、毛むくじゃら。
四本の黒角に、四枚の黒羽根を持った異形。
尻尾はなくて、悪魔の特徴とは一致しない存在。
メリッサは、それを知っている。深く熟知している。
「未確認動物……っっ!!」
その言葉を皮切りに、戦いは始まった。
先手を切ったのは、悪魔を模した未確認動物。
「――――」
四枚の羽根を使い、風を巻き起こす。
「まずいね、こいつは……っ!!」
次に正体を察し、反射的に回避を選んだのは蓮妃。
「避けるっす! おばあちゃん! こいつの能力は――」
メリッサもすぐさま気付き、地面を横に蹴り、忠告する。
視線を送った先には、未知の存在に困惑している祖母の姿。
「…………あ」
冷たい風が吹き抜け、アミの無残な声が響く。
たった一瞬の判断の淀み。それが致命傷に誘う。
その全身は凍てつき、戦闘不能状態に陥っていた。
「てめぇ……っ!!!!」
メリッサは激昂し、最後の闘宴は最悪のスタートを切った。