第20話 鬼門闘宴⑥
闘宴の間。第二鬼門、九夏三伏。進行度49%。
サイコロの出目に従い、着いたのは赤色のマス目。
進行度のチェックポイント。攻略すれば50%を超える。
「さぁって……今度は、どんなケダモノが相手っすか!!」
肩を回し、メリッサは万全の体勢で待ち構える。
砂漠の猛暑による疲労を感じさせない、壮健っぷり。
すでに厳しい環境に適応し、楽しむ余裕すら感じられた。
「…………」
その頼もしい背中を、アミは見つめる。
戦闘力、異能力、状況分析力、環境適応力。
粗削りではあるものの、目を見張るものがある。
孫娘の成長を、伝聞ではなく、肌感覚で感じられた。
(ポテンシャルが高いゆえに、歯がゆいですね……)
ただ惜しむらくは、意思の力が使えないこと。
どれだけ今の力を極めても、いずれ頭打ちになる。
センスがないと、一部攻撃が見えず、能力を防げない。
視覚的にも、戦術的にも、大きなハンデキャップを背負う。
「無理に躾けても反発するだけ。やりたいことをやらせるのが一番よ」
そこで声をかけてきたのは、蓮妃だった。
胸の内のもどかしさを察し、的確な答えを示す。
若い見た目の割に、含蓄のある人生観が滲み出ていた。
「一理ありますね。娘に剣道を教えようとしましたが、選んだのは科学でした」
経緯はともかく、彼女の考えには同意しかない。
実の娘がそうなったという事例が、共感を強めた。
「功績は残したか?」
「ええ、かなり……」
「だったら、やることは一つね」
「孫の選択を信じ、見守るのみ、ですね」
短い応答の中で、教育方針が明確に定まる。
迷いはなく、起こるべき事象を、ただ待ち受ける。
「―――――――」
すると、突如、足元が大きく揺れる。
戦いの予兆。予測の範囲内にある事態。
(手を貸すまでもありませんね……)
おおよその力量を察し、腰の伸ばした手を止める。
直後、メリッサの足元には、色濃い影が形成されていた。
「――――――ッッ!!!」
餌に食らいついたのは、馬顔の青蛇。
砂地から飛び出し、メリッサに食らいつく。
全長約十メートル。戦車と匹敵する程度の大きさ。
まともにやり合ったら、まず勝ち目のない質量を有する。
「――――」
ただ馬蛇の牙は獲物に届かない。
噛みつこうとする寸前で止まっている。
攻撃を止めたのは、異能力で編み込まれた網。
影で広く型を取りつつ、糸を網目状に張り巡らせた。
残すところは仕上げ。かかった獲物を仕留めるだけの作業。
「……キャッチ、アンド、デストロイ!!!」
異能の網は、きつく締まり、敵を圧殺。
一撃も食らわないまま、完封勝利を収めていた。
◇◇◇
闘宴の間。第四鬼門側、天井桟敷。
「フェンリル? なんのことだが、分かんねぇな」
瀕死の重傷から治ったルーカスは、シラを切る。
助けられた恩なんて、微塵も感じてない様子だった。
「しらばっくれても無駄ですよ。こっちには証人がいるんです」
すぐさまジェノは、畳で正座しているマルタに視線を送った。
恐らく、彼女は聖遺物から人間に体を乗り換える作業に関与したはず。
「………………」
しかし、期待していた反応は返ってこなかった。
視線を落としたまま動かず、口は真一文字に結ぶ。
何かしらの事情があって言えない。そんな空気感だ。
「どうやら、心当たりはないみてぇだぜ。話は終わりだな」
ルーカスは立ち上がり、その場を去ろうとする。
引き留められる理由もなく、他に使えそうな証拠もない。
「……どうして、妹を組織に落としたこと、黙っていたんですか」
だからこれは、ただの八つ当たり。
なんの意味もない、感情の発散だった。
まともな答えなんて返ってくるはずがない。
のらりくらりと質問を上手くかわされるだけだ。
「俺はフェンリルってやつをよく知らねぇが、お前ら兄弟の経緯と関係値、リーチェってやつのことは、なんとなく知ってる。それらを客観的に目撃した、第三者目線の内容だったら答えてやってもいいぜ。助けられた、せめてもの礼だ」
返ってきたのは、ずるい大人の回答だった。
本人と認める証拠がないだけで、本人と認めてる。
「……お願いします」
力不足を嘆きながらも、ジェノは頭を下げた。
「世界は今まで何度も改変されてる。勘違いの可能性も十二分にあるぜ」
肩をポンと叩かれて告げられたのは、予想外の回答。
お茶を濁すのでも、間接的に非を認めるでもなく、勘違い。
意識が書き換えられて、存在しない記憶が植え付けられた可能性。
「もし、そうだったら、俺はこれからどうしたらいいんだ……」
颯爽と去るルーカスを眺めながら、ジェノはポツリと独り言をこぼした。