第19話 鬼門闘宴⑤
闘宴の間。第二鬼門、九夏三伏。進行度35%。
広がるのは、一面の砂漠。直上には、偽物の太陽。
強い日差しに晒され、滝のような汗がダラダラと流れる。
「「「…………」」」
メリッサたちの間には、無言の間が続く。
誰も何も言わず、愚痴の一つもこぼさない状況。
ただ淡々と、出たサイコロの目に応じて、進んでいる。
「あれこれ考えても仕方ありません。何か指標を定めてはどうですか?」
そんな沈黙を破ったのは、アミだった。
話題の争点は、ジェノが裏切るのかどうか。
中立の立場として、建設的な意見を挟んでいた。
「……例えば、どんなのっすか」
無視するわけにもいかず、メリッサは話に応じる。
この気まずさを解消するには、きっと仮の答えが必要。
間違っていたとしても、延々とモヤモヤするよりマシだった。
「私たちへの信頼を定量化したもの。終われば、明らかになるものです」
返ってきたのは、答えに至るまでの過程。
そこまで示されれば、馬鹿でも理解できる。
ゲームのルールに則った、ある種のイベント。
「……100%の信頼。うちらの到達に、チップ全額を賭けたかどうか」
チップは命そのもの。全て失えば、死に至る。
そのリスクを承知の上で、全額賭けていれば本物。
信頼の証明になって、裏切る可能性は限りなく0に近い。
「期待した分だけ損するよ。どうせ、結果は変わらナイね」
これだ、と思った答えに、水を差すのは蓮妃。
ドライで現実的で、自分の考えに確信を持っている。
ソースは不明。性格か、人生観か、はたまた、意思の力か。
いずれにしても、さっきまでなら精神が病んでしまいそうな言葉。
「結果を見るまでは分かんないっすよ。今は最善を尽くすまでっす!」
ただ、短いやり取りの中で見えたのは、確かな希望。
ある種、無敵のような状態で、次のマス目に足を運んだ。
◇◇◇
闘宴の間。第四鬼門側、天井桟敷。
観覧席には氷漬けの男が横たわっている。
生きているか、死んでいるかも分からない状態。
「くっそ……。俺がもっと強ければ……」
付き添うのは、同行者のベクター。
畳を力なく殴り、自分自身に怒りを向ける。
「…………」
ジェノは、痛ましい姿を黙って見ていた。
頭の中で思い描いていたものとは、違う展開。
「これで、気は晴れたのかい?」
事情を知ってか知らずか、マルタは尋ねる。
当たらずとも遠からずの、絶妙な質問だった。
「まだ分かりません。……この人を治せますか?」
感情の整理がつかないまま、話を転がす。
本心なのか、打算なのか、自分でも把握できない。
一つだけ確実なのは、このまま見過ごせないってことだけ。
「黒鋼を使えば、可能だよ。……ただし、こいつは残り一個だ。もし、この先で仲間の誰かが瀕死の重傷を負えば、泣きを見ることになる。それでもいいんだね?」
問われるのは、今か、後かの二択。
上階に行くほど、負傷のリスクも上がる。
トラブルに備えるなら、残しておいた方がいい。
「構いません。やってください」
それでもジェノは、即決即断する。
上の階で何が起こるのか。答えは分からない。
分からないもののために、人を見殺しにはできなかった。
「あいよ。……ちょっと離れててもらえるかい?」
マルタは快く了承し、懐から黒い鉱石を取り出し、声をかけた。
「待てよ……。第四王子に化けたお前を信じる気は……」
一方で、ベクターは警戒感を強めている。
彼とマルタは、王位継承戦で関わっていた。
その時の不信感が今になって尾を引いている。
「聞こえてなかったとは言わせないよ。人の善意は素直に受け取っておきな」
有無を言わせない勢い説き伏せ、マルタは畳に座り込む。
それを分からないベクターじゃなく、無言で引き下がっていた。
(これで、いいんだよな……)
一抹の不安を感じながらも、自分を正当化する。
彼が起きてからが本番。話し合わないと見えてこない。
自分の首を絞める可能性もあったけど、流れは止められない。
「天地開闢を遂げし、創世の主よ。我に力を与え給え」
マルタは取り出した黒い鉱石に、呪文を唱える。
すると、氷漬けのルーカスを白い光が包んでいった。
「――――うっ、俺っちは……」
眩い光が消えると、ルーカスは目を覚ましていた。
気を抜いたせいか、聞き覚えのある一人称を口にしていた。
彼に言ってやることは決まってる。妹を組織に落とした主犯格の一人。
「おはようございます、ルーカスさん。……いや、フェンリル」