第17話 鬼門闘宴③
サイコロを振る。敵が現れる。倒す。
サイコロを振る。怪物が現れる。倒す。
サイコロを振る。化け物が現れる。倒す。
サイコロを振る。魑魅魍魎が現れる。倒す。
それを、繰り返す。ただひたすら、繰り返す。
「…………まだ、まだっす!」
頬に生じた傷は塞がり、糸と影が飛び交う。
地面には翼を生やした兎が大量に転がっている。
物質化された動物。第一鬼門に用意されていたボス。
残すところ一匹。最後の翼兎が空から降り、牙をむいた。
「こんなキメラ如きじゃ、うちは止められねぇんすよ!!」
右手から糸を飛ばし、敵の身体を捉え、引き寄せる。
左手には影を纏い、吸い込まれるように拳が叩き込まれた。
ガキンと音が鳴り、翼兎の顔がわずかに欠け、ひびが入っている。
「この……このっ……このっっ!!!」
生じた急所に目掛け、殴る。殴る。殴り続ける。
ひびは次第に広がり、壊れた石像のように砕け散る。
血は生じず、断末魔も上げず、生き物らしさは感じない。
それに生理的嫌悪感を覚え、振り上げた拳は止まらなかった。
「やめるね。もう終わってるよ」
何度目のことか、肩をポンと叩かれ、正気に戻る。
止めてきたのは、心を乱される原因を作った、張本人。
「……蓮妃はいいっすよね。信じたい身内が誰もいなくて」
八つ当たりと分かっていても、止められない。
やり場のない憤りを、ぶつけずにはいられなかった。
「今のは言い過ぎね。言ってイイことと、悪いことがアルよ」
顔色を変え、彼女はスーツの胸倉を掴んだ。
地雷を踏んだ。こうなることは分かっていた。
謝れば済む問題。非を認めたら場は丸く収まる。
「事実っすよね。あんたの全盛時代はとっくの昔に――」
全部分かった上で、わざと地雷を踏みにいく。
威圧感が増し、センスを纏っているのが分かる。
最後まで言い切れば、仲間内のマジ切れが始まる。
止まる気はなかった。むしろ望んでいるまであった。
あの程度の敵じゃ、胸の内にある感情が消化できない。
「――――」
その瀬戸際に生じたのは、無言の刃。
二人に割って入るように、切っ先が向く。
振るったのは、臥龍岡アミ。その続柄は――。
「なんのつもりっすか。……おばあちゃん」
メリッサは実の祖母に視線を向ける。
母親とそっくりの顔。年齢は二十代前半。
ただ、彼女の作る表情は見たことがなかった。
感情稀薄な母親では、出力できない感情を乗せる。
「争えば、得をするのは誰か。よく考えることですね……」
理想論を並べ立てず、あくまで、現実的な言葉を使う。
表情とは不釣り合いな内容に、思わず圧倒されてしまう。
内に秘めた激情。きっと、深く語られることはない人生観。
「「…………」」
その異様さが、二人の争いを辛うじて止めていた。
◇◇◇
第一鬼門側、天井桟敷。最前列に配置されている観覧席。
眼下では、メリッサたちの仲間割れが止まったところが見えた。
「…………」
ジェノは、静かにそれを見つめる。
昔なら、止めに入ろうとした気がした。
感情に身を任せて、首を突っ込もうとした。
でも、そういう気分には、どうしてもなれない。
こうなることは分かっていた。行くまでもなかった。
「冷静だね。今のアンタは、一体どこを目指しているんだい」
そこで問いかけてきたのは、隣にいるマルタだった。
今のことよりも、もっと先に見ている景色を聞いていた。
「悲劇じゃなく、喜劇。そのためにも自分の感情と折り合いをつけるつもりです」
詳細を語ることなく、端的に今の目的を告げる。
それで納得したのか、マルタは何も言ってこなかった。