第16話 鬼門闘宴②
闘宴の間。第一鬼門、柳緑花紅。
大門を抜けた先には、広大な草原が見える。
足元には、マス目と巨大な六面ダイスが置かれていた。
「へぇ……鬼門って言う割には、過ごしやすそうじゃないっすか」
真っ先に足を踏み入れ、感想を漏らしたのはメリッサだった。
空気を吸い込めば、若葉の香りがして、心地いい風が吹き抜ける。
天井からは日光が照りつけ、異国の草原に訪れたような風情があった。
「地下に太陽……。恐らく、条件付きの独創世界でしょうか」
一方、風情を感じることなく、考察するのはアミ。
意思の力の三系統。芸術系に該当する者が極めた先。
心象風景の具現化。それが、独創世界と呼ばれている。
「意思の力が使えないうちでも、見えるもんなんすか?」
反論することなく、抱いたのは単純な疑問。
意思の力の知識は、有識者から一通り共有済み。
ただ、経験に乏しく、力がないケースは分からない。
「芸術系はセンスの創造可変を得意とし、物質化にも長けます。見えない人にも見え、触れ、扱えるのが強みです。本物より強度が劣るのが弱みですが、条件をつければ、真に迫ることができる。その極みが独創世界ですね」
知識から漏れた情報を、経験者のアミが補完していく。
意思の力には興味ないものの、知的好奇心が少しだけ湧いた。
「見えない人も見える……。だったら、適性試験の地って……」
頭の中に浮かぶのは、同じ地下空間に太陽が存在した場所。
適性試験の地。犯罪者が集められていたマーレボルジェという町。
設計に携わった母親から科学と聞かされたものの、嘘の可能性があった。
「メリッサ、ちょっと話がある。少しイイか?」
すると、同じ世界にいた蓮妃が真剣な顔で尋ねてくる。
世界のタブーに触れる。不安と興味が混同する気配がした。
◇◇◇
闘宴の間。第一鬼門、天井桟敷。
畳の上に座布団が置かれた、観覧席。
円状に席が広がり、下には草原が見える。
野球場の和風バージョンといった印象だった。
最前列はガラス張り、近くにはパネルが置かれる。
挑戦者の賭けが行われて、どこまで進めるかを賭ける。
「……これでよし、と」
ジェノはブラックカードをかざして、パネルを操作。
対象は、メリッサ一行の進行到達度がどこになるのか。
一割、三割、五割、八割、到達の五つの項目から選べる。
迷わず選んだのは到達。チップの99%の八十八枚を賭けた。
「上手い口実を見つけたね。内々に話したいことがあるんだろ」
そこで声をかけてきたのは、マルタだった。
色々と察してくれている。これなら話が早そうだ。
「ええ。メリッサについて、いくつか聞きたいことがあります」
◇◇◇
「ゲーム理論って知ってるか?」
巨大なサイコロを持ちながら、蓮妃は尋ねる。
思っていた内容とは、少し外れているような気がした。
「いや、残念ながら聞いたことないっすね」
メリッサは記憶を探るも、それらしい言葉は出てこなかった。
浅い知識で回答しそうになるも、もっと専門的な用語の気がした。
「ゲーム理論の基本は二面性ね。誰かを出し抜くまでは、全員の友であれ。相手が敵でも味方でも、イイ顔を続ける。自分の不利益には目をつぶり、周りの利益になる行動をする。自然と信頼関係が構築され、相手は言う事を聞く『駒』になる。『その時』が来れば切り捨て、自分だけがイイ思いをする。冷酷で合理的な勝つための手段よ」
声色を落とす蓮妃は、いつもと様子が違う。
今までになく真剣で、ふざけているように感じない。
「話が見えてこないっすね。つまり、何が言いたいんすか?」
背筋がぶるっと震えながらも、話を掘り下げる。
世界とは違う意味で、タブーに触れる感覚があった。
正直、聞きたくない。でも、話を聞かずにはいられない。
――心当たりがあった。
間違ってほしいと願いながら、蓮妃の回答を待つ。
すると、彼女の視線は上を向き、観戦席にいた少年を見る。
「ジェノ・アンダーソン。彼は『その時』が来れば、裏切るよ。間違いなくね」
そして、語ったのは恐れていた事実。
嫌な心当たりが、現実味を帯びた瞬間だった。
◇◇◇
「メリッサの出自、ねぇ……」
観覧席に腰かけ、マルタは真剣に考え込む。
スロットでの一連の会話から、関係があるのは明らか。
メリッサの出自と能力には謎が多く、ここで聞いておきたかった。
「言いづらいのは分かります。組織の上層部しか知らない秘匿情報なのかもしれません。……でも、この命賭けのゲームを攻略するためには、絶対に必要なんです。俺たちが一人も欠けないためにも、どうか教えてくれませんか?」
ジェノは頭を下げ、思いを素直に伝えた。
彼女は、マルタのことを代理者と呼んでいた。
それは、組織『ブラックスワン』の役職の一つだ。
潜入任務や諜報活動を主とする部隊。いわゆるスパイ。
秘匿情報を部外者に話すなんて、タブー中のタブーだった。
「本来なら口が裂けても言えないが、アンタなら話してもいいかもね」
しばし考え込んだ末、マルタは快い反応を見せた。
身体に宿る神が目的か、個人として信じてくれたのか。
どちらにしても、ありがたい。ここまで来た意味があった。
メリッサの動向を知る。それが、目的の一つでもあったからだ。
「あの子は、あたいとフェンリルと臥龍岡ミア博士の合作。英雄、聖遺物、UMA、それらの遺伝子配列をいじり、優秀なDNAだけをゲノム編集して作られた、呪われし子供。特異体と呼ばれる個体の一人。彼女は、その中でもズバ抜けて優秀さ。意思の力を持たず、糸、影、再生、吸収、思念通話、五つの力を有している。元の素材から全ての能力を引き継いだ、人類最強のキメラさ。使ってない能力は未発達で、まだまだ未熟だけど、伸び代はアンタの比じゃないよ」
淡々と語られるのは、耳を疑う内容だった。
神を宿す身体と、タメを張るポテンシャルの持ち主。
全て本当だったら納得がいくし、能力や出自にも辻褄が合う。
ただ、語られた内容の中で、たった一つ、気に食わないことがあった。
「……フェンリルが、関係者?」
聖遺物フェンリル。リーチェが使っていた武器であり、鎧。
浅からぬ因縁がある相手の一人。関係者とは思いもしなかった。
「あぁ、今は体を乗り換えて……ルーカスと名乗ってるみたいだね」
明かされたのは、思ってもいなかった事実。
頭がパンクしそうになるも、やることは定まった。
「……なるほど。彼から少し、話を聞く必要があるみたいですね」
ジェノはグッと拳を握り、静かに言い放つ。
後ろ暗い感情を内に秘め、淡々と次を見据えていた。