第156話 あとがき⑤
独創世界『鋼鉄要塞』の一部。地下トンネル内。
遺体や停止体は回収され、生存者の大半は移動した。
残っているのは、扉を繋げる者と空間を維持し続ける者。
――そして、残り続ける者。
「うちが移動すれば、この空間は解除されるっす。覚悟はいいっすね?」
エレベーターの扉を背景に、問いかけるのはメリッサだった。
奥には別の地下空間であろう、大釜が置かれている部屋が見える。
その隣には、赤い星型の髪飾り『暁の星』を扉に当てるヘケトがいた。
――今ならまだ引き返せる。
彼女が去れば、影の空間は消え、独創世界は恐らく崩壊する。
冥戯黙示録が閉幕した今、残り者は殺されるというのが本命の予想。
扉を通れば、回避は可能。代わりに、魔術商社『リーガル』の入社が条件。
――プライドを捨てれば、助かる。
採用担当者のヘケトは、この場に残っている。
過ちを認め、口添えすれば、今でも入社可能だった。
そうすれば、一切リスクを負うことなく、楽に脱出できる。
「全て理解してる……。やってくれ……」
諸々の事情を踏まえた上で、ベクターは決断する。
白銀の強化外骨格に纏われ、表情を読まれる心配はない。
心を読み取れる能力者でない限り、思惑には気付けないはずだ。
「……了解っす。真の博徒は、あんたかもしれないっすね」
「お達者で。君ほどの実力者なら、どこかでまた再開できると信じてるよ」
去り際にメリッサとヘケトは声をかけ、奥の空間へ足を運ぶ。
同時に地下空間同士を繋げる扉は閉じ、周囲の影は引いていった。
残ったのは、主人を失った独創世界と、強化外骨格を纏った一人の男。
――そして、世界の崩壊は始まった。
地下トンネルを構成していた足場が、両端から崩れ去る。
その奥に広がるのは、一寸先も見えない闇。助かる保障はない。
「ここにきてソロか……。骨を埋めるなら、理想の展開だな……」
世界の終末を眺めるベクターは、達観したように語る。
誰かを巻き込むこともなく、迷惑をかけられることもない。
望んで選んだ、孤独。馴れ合うことを拒絶した結果の、修羅場。
ここで散ることができれば、これ以上ない有終の美を飾れるだろう。
「――だが」
ベクターが口にするのは逆説の接続詞。
今まで並べ立てた言葉を否定する意味合いがある。
断定的で強気とも取れる発言には、当然、明確な根拠があった。
『継承戦で未来のベクターと戦ったんだけど、いいこと教えてあげようか?』
思い出されるのは、イギリス王室、第五王子エリーゼの言葉。
話題に上がったのは、数日前に行われた王位継承戦にまつわるもの。
あの場では、未来の死を読み取り、霊体として蘇らせる能力者が存在した。
――初代王マーリン。
バッキンガム宮殿の地下深く。分霊室と呼ばれる場所に眠る先祖。
イギリス王室の始まりの血筋であり、百年に一度だけ霊体として蘇る。
その度に王子が招集されて、彼を最初に封じたものを王とするのがルール。
――最も厄介だったのが、霊体操作。
分霊室に参加した面々の未来を参照し、呼び出す。
精度は80%程度、能力は据え置きで、見た目は死の直前。
実際に、継承戦で立ちはだかったのは、リーチェの霊体だった。
手こずったのは言うまでもないが、気にするべき点は見た目にあった。
『リーチェは反転の魔眼に強い制限をかけた。だから、魔眼の特徴である黄金色の瞳から、白銀色の瞳になったんだ。だが、あのリーチェは黄金色の瞳をしてやがる。恐らく未来では、反転の魔眼にかけた制限を解除したらしい。回転の能力に加え、最悪の場合、世界を改変される可能性も頭ん中に入れとけよ』
次に思い出すのは、霊体リーチェと戦ったルーカスの言葉。
この時点で確証はなかったものの、後にエリーゼとすり合わせた。
霊体リーチェとルーカスの言葉から考えるに、未来を参照したのは確定。
――それらを踏まえれば、見えてくるものがある。
「俺はハゲるまで死なねぇ……! そういう運命なんだよ……っ!!」
一人になることで見せられる、本当の自分。
他人には見せることのない熱量で情報を信じる。
エリーゼの発言には、命を賭けてみる価値があった。
その間にも、世界の崩壊が進み、足場は限定されてくる。
数人分ほどの空間。残されたのは、たったのそれだけだった。
落ちればどうなるのか。どこにたどり着くのか。考えたくもない。
行き着く先の全く予想がつかないまま、ベクターは静かに待ち構える。
「な……っっ!?」
そんな世界の終末を目前にして、異変が起こった。
思わず声が漏れ、自分の視界に映るものを受け入れられない。
――現れたのは、二人の女性だった。
それも見ず知らずの他人ではなく、知っている人物。
王位継承戦で顔を合わせつつも、直接的な関わりがなかった二人。
「こちら、崩壊寸前の独創世界『鋼鉄要塞』。お楽しみいただけましたでしょうか」
先に言葉を発したのは、金髪の後ろ髪を団子にした女性だった。
水玉のスカーフを首に巻き、ミニスカートが特徴の青い制服を着る。
――正体はエミリア・アーサー。
先代のイギリス国王の血を引きながら、継承権がなかった存在。
王妃から生まれなかったことを理由に、忌み子と扱われ、王室を去った。
(ここにきて血縁者か……。だが、どういう理由で……)
押し寄せてくる情報の波を、必死で咀嚼する。
移動系能力なのは分かるが、背景と詳細が一切不明。
ただ恐らく、物事の鍵を握っているのは、もう一人の女性。
「あぁ、満足した。この人も加えて、ツアーガイドに戻ってくれる?」
長い銀髪に、尖った耳、白銀色の瞳をした少女。
服装は、大人びた黒いロングコートに袖を通している。
――正体はリーチェ。
ルーカスと関わりがあり、未来の霊体と戦った以上の情報がない。
能力はある程度分かるが、人柄や素性は謎に包まれた存在だと言えた。
「おい……。こいつは、どういう……」
世界の崩壊が迫る中、ベクターは疑問を差し挟む。
答えが返ってこないと悟りつつも、言わずには言われなかった。
「えぇでは、こちらの殿方を追加して、ツアーを再開します。次の行き先は、トルクメニスタンの観光名所、『地獄の門』でございます。落ちれば、悪魔界への直行便となります故、到着時のお足もとには、くれぐれもお気をつけくださいませ!」
エミリアが語るのは、次なる目的地。
どうやら、休んでいる暇はなさそうだった。
ここまでご愛読ありがとうございました。今までに比べ、ややスロースペースになりましたが、皆様のおかげで今回もどうにか完結させることができました。七章はこれにて終了となりますが、次は八章へ続きます。特にインターバルを設けることもなく、今までと似たようなペースで更新を続けていきたいと思いますので、よろしければ、今後もよろしくお願いします。