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賭博師メリッサ  作者: 木山碧人
第七章 マカオ
154/156

第154話 あとがき③

挿絵(By みてみん)




 目の前に広がるのは、クレーターと無数の洞窟。


 懐かしの我が家であり、慣れ親しんだ我が独創世界。


 両側には険しい岩壁がそそり立ち、高い崖が形成される。


 その更に上空には、複数の黒龍が編隊されたように飛行する。


「……さてと、手遅れになる前に急がないとね」


 歩みを進めるのは、モノクロのシャツワンピースを着た女性マルタ。


 長い白髪で、容姿は二十代、体躯は細く、若々しい見た目を保っている。


 その背中には、氷漬けになっている青いセーラー服を着た紫髪の女性がいた。


 ――臥龍岡アミ。


 戦獄時代を終わらせた英雄、臥龍岡夜助の子孫。


 縁もゆかりもない他人、というわけじゃなかった。


 むしろ、その逆。切っても切り離せない因縁がある。


 義理で助けるというより、心から助けてやりたかった。


「悪いね、うちの馬鹿弟子が迷惑をかけて」


 マルタが口にするのは、秘めていた事実。


 凍結の原因を作った最上位級悪魔、南光坊天海。


 骸人を作った起源であり、不死の術を受け継いだ弟子。


 夜助に負け、この世を去ったが、皮肉にも因果は巡ってきた。


 生き返った天海が、夜助の子孫にやり返したような形になっている。


「……」


 その当事者となった、アミからの返事はない。


 全身が凍りついて、物理的に話せない状態が続く。


 このまま放置すれば、まず間違いなく、人命に関わる。


 医者に診せるのも手だが、ここに来たのには理由があった。


「……まったく、我ながら面倒な宝物庫を作ったもんだよ」


 洞窟の最下層には、今までに集めた蒐集品がある。


 その中で黒鋼という物品を使えば、治癒は可能だった。


 自由に出し入れできる便利機能は、残念ながらついてない。


 独創世界の主人と言えども、正規のルートで進むしかなかった。


 いつもなら穴に飛び降りてショートカットするが、そうもいかない。


「かっ飛ばしたいところだけど、ワレモノ注意なんだよねぇ」

 

 強い衝撃が加われば、凍結状態のアミは簡単に壊れる。


 破損の程度にもよるが、取り返しがつかなくなる可能性が高い。


 時間はかかるが、洞窟を通り、最下層を目指すのが一番安全と言えた。


「……まぁ、魔物が襲ってこない分、イージーかね」


 独り言をこぼしつつ、マルタが辿り着くのは、地下一層目の洞窟。


 クレーターの周囲を螺旋状に穴が掘られ、地下三層まで繋がっている。


 宝物庫の番人も兼ねる魔物は、下に行くほど強まるが、主人は襲われない。


 ――散歩と同じレベル。


 時間がかかる以外にデメリットは存在しない。


 侵入者と比べれば、待遇は天と地ほど差があった。


 極めて楽な条件で、洞窟に足を踏み入れようとした時。


「…………?」


 洞穴に広がる深い闇が、わずかに揺らいだ。


 ほんの些細な違和感。普段なら錯覚と切り捨てる。


 ただ、人の命を背負っている以上、雑な行動はできない。


(あいつは……)


 センスで目を凝らして確認すると、見えたのは痩せ型の中年男。


 右目には眼帯、黒のスーツに袖を通し、右手には黒い鉱石を持っていた。


「欲しているのは、こいつか? 魔物の主」


 名前はカモラ・マランツァーノ。シチリア系マフィアの元ボス。


 紛れもなく黒鋼を手にし、宝物庫に足を踏み入れたことを意味する。


(まさか、一人で……。そんな柔な難易度にした覚えはないんだけどね)


 最後に顔を見たのは、数週間前。ドイツにいた頃。


 野垂れ死んだと思っていたが、生き残っていたらしい。


 問題は、どうやって宝物庫まで攻略することができたのか。


 ――その答えは、すぐ明らかになった。


「……」


『ヘケっ!』


 奥から現れたのは、全身に黒い体毛を生やす狼男。


 そして、丸いフォルムに尻尾と耳を生やした黒い魔物。


(ガルムとヘケヘケか。この二匹がいれば、攻略は可能だね……)


 双方ともに、マルタの手から生み出したキメラ。


 数ある作品の中でも、最高傑作クラスの個体だった。


(いや、それよりも――)


 ひとまず納得し、意識を現実に向ける。


 尋ねられた問いには、答えないといけない。


「タダでくれるほど、慈善家じゃないんだろ。……条件を言いな」


 清濁併せ呑むマルタは、カモラが持つ黒鋼に目を向け、言った。


 向こうから取引を持ち掛けてきた以上、こちらの目的はバレている。


 それもワレモノ状態のアミは、戦闘に発展すれば、ほぼ確実に破損する。


 ――交渉は不利な立場にあった。


 行動は大幅に制限され、最も欲する物が取引材料。


 どんな条件を提示されようが、呑まざるを得ない状況だった。


「俺を不老不死にしろ。確約できるなら、今じゃなくても構わん」


 カモラが発したのは、単純ながら欲深い条件。


 何もない平常時だったら、突っぱねて終わりの案件。


 数か月前でも数週間前でもなく、今だからこそ有効な提案。

 

 行き当たりばったりとは思えない、周到で綿密な計画性を感じた。


(数か月か、数年。……いいや、それ以上前から仕込んでそうだね)


 揺るぎないカモラの瞳を見つめ、予感が正しいと確信する。


 しかも、不老不死の術に関与し、今、扱えないことまで把握済み。


(能ある鷹は爪を隠す、か。本性を知らない以上、不老不死を渡すのは危ういね)


 マルタは最上級の評価をカモラに下し、思考する。


 有能であっても、人格者であるかは、全くの別の話だった。


 悪しき心を持つ者に、『不老不死』が渡れば、更なる混沌が訪れる。


(――ただ)


 諸々の事情を踏まえた上で、背後に視線を向ける。


 そこにいるのは、驚いた表情のまま氷漬けになったアミ。


 取引に応じるか否か。両方を天秤にかけて、マルタは選択する。


「仕方ない、乗ってやるよ。……ただし、察しの通り、今すぐは無理だね」


「その調べはついている。具体的には、何が必要になる」


「不老不死に必要なのは、二つに分けた術の継承。八重椿と臥龍岡夜助の命だよ」


 ◇◇◇


『……死屍葬送』


 思い返されるのは、屍天城頂上での最終決戦。


 夜助の黒い短刀が、骸人の長の肌を引き裂く瞬間。


『見事だ、人間……。褒美に、我の力の一部をくれてやろう……』


 散り際の天海は、自らの命を捧げ、呪いをかけた。


 それは、奴が有していた『不死』の能力の継承だった。


 身体は老いていくものの、決して死ぬことはできない状態。


 ――この世は生き地獄と化した。


 身内の大半は死に絶え、致命傷を負っても身体は再生する。

 

 子供や子孫が生まれても、死に際を看取らないといけなかった。

 

 それが何より辛い。普通の人生なら味わうことはない苦行と言えた。


 死のうと思えば死ねたが、やり残したことのせいで今まで死ねなかった。


 ――それも、もうじき終わる。


「…………」


 老いた夜助が訪れたのは、とある病院の霊安室だった。


 数ある棺の中から一つを選び、丁重に引っ張り出していく。


 棺上部の扉を開くと、そこには金髪サイドテールの女鬼がいた。


「遅くなったな、ナナコ」


 天海討伐の旅に同行した一人。元は八重椿の付き人をしていた者。

 

 鬼の身でありながら、重い病を患い、死亡寸前の状態で保存されていた。


 ――原因は、椿の魔眼。


 両目で見た相手の時間を停止させるもの。


 ただ、延命措置にすぎず、根本的な治療ではない。


「少し時間がかかったが、約束通り持ってきたぞ」


 くたびれた黒い和服の中から、夜助は紫紺色の草を取り出す。


 そっとナナコの口を開き、優しく咀嚼させ、そのまま嚥下させる。


「――――」


 すると、ナナコの姿形は変わり、長い黒髪の少女と化した。


 依然として瞳は閉じたままで、病が治るような兆しは見えない。


 ――与えたのは、上変化草。


 マンハッタンの地下に生じているダンジョンコキュートス。


 その第六層で入手した品。中身は識別済みのため、間違いない。


 効能は、頭の中で思い浮かべた人物に十分ほど変化するというもの。


 それだけではなんの解決にもならないが、本命は、その副作用にあった。


 ――十年分の時間の逆行。


 十分の変化が終われば訪れる、実質的な若返り効果。


 病が発症する前に戻れば、対策も完治も可能だと踏んでいた。


 問題は、この効能が事実かどうか。成功すれば、時間停止すらも遡る。


 目を覚まし、なんの憂いもなく、数百年振りの再会を遂げることになるだろう。


 ――そうなれば、思い残すことはない。


「…………」


 夜助は、懐中時計を取り出し、時間が過ぎるのを待った。


 これまでなんとも思わなかった一分一秒が、えらく遅く感じる。


『椿様、申し訳ございません! またやり過ぎてしまいました……』


 その間に思い返されるのは、ナナコとの初対面。


 骸人の奴隷となり、武器屋の店番を任されていた頃。


 戸を叩いた勢いで、店の一部が壊される。それが出会い。


『好きとか嫌いとかよく分かりません。ただ欲しいんです。あなたの赤ちゃんが』


 骸人の掃討作戦。各国を巡り、任務が終わった頃。


 雨の日の寝室で、なんの恥じらいもなくナナコは言った。


 今後の国の行く末を憂いた結果の生産的行為。それが馴れ初め。


『夜助さんなんて知りません! もう二度と顔を見せないでください!!!』


 平和が訪れた日本。広島で余生を過ごしていた頃。


 遊郭での浮気が発覚し、憤りを露わにするナナコは告げた。


 好きか嫌いかハッキリしないまま、共同生活は終わる。それが別れ。

 

 ――そして。


「………………」

 

 変化した姿が元に戻り、見覚えのある鬼がパチリと目を開いた。


 目と目が合い、正常に目覚めているなら、状況を理解しているはず。


 ただ、正体に気付いたのかは分からない。あれから数百年も過ぎている。


 忘れられたか、見る影もないか。どう考えても良い方向に転ぶとは思えない。


「ではな」


 残酷な現実を知る前に、夜助は顔を背ける。


 本音を言えば、これ以上傷つきたくはなかった。


 物事に期待をしなければ、不幸を感じることはない。


 それが、数百年間、逃げ続けてきた結果の処世術だった。


「――」


 すると、ドゴンという音が鳴り響き、腕を掴まれる。


 持ち前の怪力を使い、棺の横から片手を突き出している。


 完全に気を抜いていた。敵対する可能性が頭の中になかった。


(仕方ない。適当にあしらうか……)


 物悲しい気持ちになりながら、戦闘思考に切り替わる。


 人の感情を知るよりも、戦いに身を置く時間の方が長かった。


 こっちの方が自分らしい。そう言い聞かせながら、黒いセンスを纏う。


「……っ!!!?」


 しかしナナコは、それすらも上回る怪力を発揮。


 体表面には、尋常ではない量の赤いセンスを纏っている。


(衰えた身体では、ナナコの膂力が少しばかり上か……っ)


 体勢を崩しつつある身体で、懐に手を伸ばす。


 取り出したのは、白鞘に包まれている鍔のない短刀。


 歯で鞘を噛み、左手で柄を引き、露わになったのは、黒刃。


 ――滅葬具『小刀しょうとう濡羽烏ぬればがらす


 現在では邪遺物イヴィルと呼ばれる代物。死んだ父親の意思が宿る逸品。


 効果は、夜に近付くほど切れ味を増し、伸縮自在になるというもの。

 

 数々の名のある骸人を葬り去り、その親玉の南光坊天海にさえ届いた刃。


 ――それを味方に振るうとは、なんと皮肉なことか。


 一時は背中を預け合い、国家の危機を救い、床入りした仲。


 その最後が刃を交えることになろうとは、自分事ながら笑えてくる。


(殺しはせん。……ただ、露を払うまで)


 時刻は深夜。濡羽烏が最も力を発揮する時。


 膂力で敵わぬなら、切れ味で勝負するのが正攻法。


「夜闇を吸え……濡羽烏ぬればがらす


 昔を思い出しながら、夜助は言霊を乗せる。


 それに従い、黒い刀身は伸び続け、長さは三尺三寸。


 大太刀に相当する長さとなり、切れ味が劣化することはない。


「燃え盛れ、赤火大蛇せっかおろちっ!」


 対するナナコは、棺の中から取り出したのは、長槍。


 赤い蛇の鱗のようなフォルムに、銀色の輝きを放つ三叉。


 ナナコの怪力を最も活かすことができ、振るうほど力を増す。


 ――滅葬具『炎槍えんそう赤火大蛇せっかおろち


 効果は、空気抵抗や摩擦により発する赤熱。


 勢いが最高潮に達した時、槍先には炎の刃が生じる。


 父親が遺した七振りの滅葬具の一つ。忘れるわけがなかった。


「「――――――」」


 甲高い音を奏で、刀と槍は空中で衝突する。


 切れ味か膂力か。技量か力業か。様々な要素が絡む。


 そこにセンスの多寡と、足腰のバランスが付け加えられていく。


 ――結果。


「……………っっっ」


 バタンという音と共に、夜助は押し切られる。


 地面に倒れ、刃は弾かれ、仰向けの状態になっていた。


 ――鬼+怪力+滅葬具+センス量。


 全ての要素が相乗効果を生み、それが結果として現れていた。


 病を克服した今、弱点となるのは、額に生えた二本の黒い角のみ。


 恐らく、全盛期を超えるほどの戦闘力。一方、こちらは老化している。


 ――敵うわけがなかった。


 仮に身体が、天海討伐時だったとしても怪しい。


 単純な力勝負なら、勝てる光景が全く浮かばなかった。


「殺せ。どうせ、再生するがな……」


 行き着く先は、投了することだった。


 手札を明かせば、見逃されるかもしれない。


 そんな淡い期待を抱き、負け犬のような姿を晒す。


「――――」


 対するナナコは、和服の襟元を掴み、身体を引っ張り上げた。


 表情に色はなく、何を考えているのか全く想像することができない。


「……何を」


「あなたを今から殺します」


 反論する余地もなく、ナナコは行動を開始する。


 手には長槍を持っておらず、殴り殺しがお望みらしい。


 防御するのも面倒臭い。センスを解き、無防備な状態を作る。


 後は目を閉じ、気が済むのを待つのみ。いつかは終わりがくるはず。


 ――そう思っていた。


「……っ!?」


 突如、何かに口を塞がれ、柔らかい感触がした。


 思ってもいない展開に、何が起きたのか理解できない。


(どう、なったんじゃ……)


 たたらを踏み、夜助は後退することで、ようやく把握する。


 そこにいたのは、赤面する鬼の姿。恥じらう心を持った、ナナコ。


(そうか……こやつは……)


 その光景を見て、何も思わぬほど鈍感ではない。


 状況をおおよそ把握し、その答えは彼女の口から告げられた。


「お慕いしていました。同棲してから、今までずっと」


 それは、数百年間、胸に潜めていた思いの発露。


 短い言葉ながらも、その中に心情が凝縮されていた。


「気でも狂ったか? わしはヨボヨボのじじいで、そっちは鬼なんじゃぞ」


「構いません! 外見が変わったとしても、中身はずっと変わってませんから!」


 後ろ暗い言葉を跳ね除けるように、ナナコは言い切った。


 根暗と陽気。優柔不断と勇猛果敢。月と太陽のような関係性。


 あの頃から一つも変わらん。本来なら、相容れるはずのない存在。


「…………よもや、この年になって生きる希望を見出せるとはの」


 だからこそ、惹かれ合う。


 気付けば自然と好意を受け止めていた。


「もっとハッキリ言ってください! 私はちゃんと言いましたよね!!」


 ただ、今のではイマイチ伝わらんかったらしい。


 耄碌したせいか、こざかしい手ばかりが浮かびよる。


 普通に、無難に、年相応に、そうやって縮こまってきた。


 わしという一人称も、見た目と世間体を気にしてつけたもの。


 望んで言いたかったわけではない。世間がそうしたと思っておる。


 ――だからこそ。 


「……ナナコ、俺のものになれ」


 夜助は、恥も外聞もなく、若かりし頃と同じ感性で言葉を紡ぐ。


 ハッキリ言えば、痛い。数百年の集大成がこれかと思うと痛々しい。


 ただ、後悔はしておらん。幻滅されようと、愛想尽かされようと構わん。


 別れた当時の関係から前に進むのなら、これ以上の言葉は思いつかんかった。


(年甲斐のないことをしてしまったの。どうせ、引かれるだけじゃろうに)


 心は前向きながら、大した期待もせず、ナナコの反応を待つ。


 人に期待しない感性だけは、何を言われようと変えられなかった。

 

「きゅん……」


 すると相手は、胸をぎゅっと抑え、バタンと倒れ込む。


 息はあるようだが、しばらくは起き上がれないような雰囲気。


「殺すと言った割に、殺されたのはお前さんのようじゃの」


 これが、前途多難な第二の人生の幕開け。


 それを肌で感じながら、悪い気はしなかった。


 今のナナコとなら前を向けるような気がしていた。

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